崖が展開する独特な光景が広がるディナン(ベルギー)。そのディナンにはシタデルと呼ばれる城跡があります。ディナンの歴史も踏まえ、シタデルを堪能しました。

写真1. そびえ立つシタデル
復習:ディナンの位置と歴史
最初にディナンの位置やその歴史を簡単に紹介します。
図1. ディナンの位置
ディナンの位置を示しました(図1)。ベルギーの南部に位置し、フランスに近い場所です。境界に近く、川沿いの要塞としての意義があったことから、勢力争いの舞台にもなってきました。現在はベルギーに所属しますが、それは19世紀にオランダに支配されてからのことです(現在のベルギーはその後にオランダから独立しています)。
その後、近代にもディナンは戦いの舞台になってしまいました。第一次世界大戦、第二次世界大戦の双方でドイツ軍がフランス方面に進軍する際に、ベルギーで戦闘になりました。
非常に簡単にまとめてしまいましたが、ベルギー地区はフランス、ドイツ、オランダという大国にはさまれ、その勢力争いに巻き込まれてしまったという歴史があるのです。
第二次世界大戦後は西ヨーロッパは集団安全保障体制を構築し、かつて敵対していたフランス、オランダ、西ドイツ(※)は「仲間」になりました。その後、その「仲間」は増えていきます。ベルギー視点でいうと、かつての勢力争いをしていた国々は仲間となり、それぞれの強い軍隊はある意味ベルギーの防御壁となりました。
※第二次世界大戦後のドイツは仲間の西ドイツと敵対勢力の東ドイツに分割されました。その後、東ドイツ地区は仲間の西ドイツに組み込まれ、ドイツとなりました。しかし、第二次世界大戦後の記述は西ドイツと称するほうが正確なので、このように表記しました。
シタデルを実際に見る
さて、シタデルに実際に行きましょう!
図2. シタデルの位置(googleマップより引用)
ゴンドラ付き(ゴンドラなしでも同価格)1人12ユーロです。歴史博物館も見られてこの価格はリーズナブルと思いました。
ゴンドラでのアクセス
崖の上までアクセスします。

写真2. 教会がある
近くに教会があります(写真2)。

写真3. 教会の近くに入口がある
教会の近くに入口があります(写真3)。狭い入口が古い城跡への気分を盛り上げてくれます。

写真4. 行列ができる
行列ができていました(写真4)。ここが入場口を兼ねていますので、窓口でチケットを購入する必要があります。そのための行列です。

写真5. 階段が見える
階段が見えます(写真5)。私は階段を避けました。

写真6. ゴンドラに乗る
体力のない、軟弱者の私はゴンドラに乗ります(写真6)。ゴンドラの料金も含まれていたので、その点はありがたいです。

写真7. ゴンドラからの風景
ゴンドラからの風景です(写真7)。

写真8. どんどん登る
どんどん登ります(写真8)。

写真9. 崖を眺める
崖を眺めます(写真9)。

写真10. 上からの風景
上からの風景です(写真10)。

写真11. 戦闘機がある
戦闘機が展示されていました(写真11)。

写真12. 戦闘機がある
戦闘機の前側を撮影しました(写真12)。

写真13. 迫撃砲がある
迫撃砲があります(写真13)。男の子が遊んでいました。
シタデルに親しむ
さて、実際にシタデルに親しみましょう!

写真14. シタデルへの入口
シタデルへの入口です(写真14)。

写真15. 城壁に入る
城壁に入ります(写真15)。

写真16. ディナンでの戦いを再現
ディナンでの戦いを再現した箇所です(写真16)。

写真17. 20世紀初頭の軍隊
20世紀初頭の戦いです(写真17)。

写真18. 戦いが時系列に再現される
時系列ごとに戦いが再現されています(写真18)。

写真19. 悲惨さが再現されている
悲惨さが再現されています(写真19)。全体的にドイツが悪者、フランスが仲間のように描写されている印象でした。
ドイツ軍とフランス軍の戦いですか。間にいるベルギーにとっては迷惑なことです。
この描写を見ながら、現代の西ヨーロッパ地区の安全保障について改めて考えました。ある意味アメリカを(欧州の外の)リーダーに仕立て上げ、仲違いが生じていたフランスとドイツを「仲間」に組み込みました。遠くアジアの視点からだとこの枠組みは西ヨーロッパ地区、ひいては中央ヨーロッパ地区では機能しているように見えます。このような悲劇が生じないようにする枠組みの重要性を感じました。

写真20. 中庭に出る
中庭に出てきました(写真20)。先ほどの悲惨な光景とは打って変わり、のどかな光景です。

写真21. 昔の武器が置いてある
昔の武器が置いてありました(写真21)。照準はフランス方向です。

写真22. 弾薬なども置いてある
弾薬なども置いてあります(写真22)。さすがに再現物であり、実際の弾薬でないと思います。
川に最も近い場所から川沿いの風景を眺められます。

写真23. 川の上流側を眺める
川の上流側、フランス側の風景です(写真23)。ベルギーの田舎の独特の風景に目を奪われますが、昔はフランス方面からの不審な動きに目を光らせていたのでしょう。

写真24. 川の下流側を眺める
川の下流側を眺めます(写真24)。オランダ方面からの不審な動きに目を光らせていたのでしょう。

写真25. 昔の調理場の様子
昔の調理場の様子です(写真25)。

写真26. 昔の調理場の様子
昔の調理場の様子をもう1枚撮影しました(写真26)。

写真27. 昔のパン工房の様子
昔のパン工房の様子です(写真27)。どんなに素晴らしい武器があっても、食事がなければ生きていけません。ある程度の自給はしていたようです。

写真28. 昔の寝室
昔の寝室の様子です(写真28)。

写真29. 昔の装備品
昔の装備品が展示されていました(写真29)。下に国旗がありますが、忌み嫌っていたドイツ帝国のものでは?

写真30. 昔の装備品
昔の装備品です(写真30)。

写真31. 塹壕を再現
塹壕を再現した場所があります。そこに入ります(写真31)。

写真32. 塹壕の中を再現
塹壕の中を再現していました(写真32)。傾いていたり、水が漏れていたりと実際の現場を再現していました。塹壕は歩きにくく、写真もなかなか撮影できませんでした。
ここまで戦争の再現だったり、平時の生活など多くの場面を見てきました。体と頭が疲れたので、ひと休みしました。

写真33. 休憩スペースがある
休憩スペースがありました(写真33)。

写真34. 休憩スペースから城内を振り返る
休憩スペースから城内を振り返りました(写真34)。のどかな空間です。このような空間は必要です。

写真35. 紅茶が出された
紅茶が出されました。3ユーロだったと記憶しています。

写真36. 風景も眺められる
風景も眺められます(写真36)。これを眺めていたら、見知らぬマダム(婉曲表現)に「写真を撮らせて」と言われ、カップをどけたらカップごと撮りたいと言われ、戸惑いました。
さて、見どころはもう少しあります。

写真37. 昔の学校の様子
昔の武術学校(だったかな?)の様子です(写真37)。

写真38. 昔の武術学校の様子
昔の武術学校の様子です(写真38)。

写真39. 昔の監獄
監獄もありました(写真39)。敵対勢力を確保するための部屋です。

写真40. 亡くなった兵士を弔う
亡くなった兵士を弔う場所です(写真40)。確かドイツ軍がこの施設を設置し、第一次世界大戦終了後に撤去されたという説明があったような…。そうでしょうね。
シタデルに行ってみて

写真41. シタデルからの風景は圧巻だった
古い城跡を見て、かつ高いところからの風景を堪能したい、という動機でシタデルに向かいました。しかし、そのような軽い気持ちで向かうと、歴史に裏打ちされた膨大な展示があり、圧倒されました。特に冒頭のドイツ軍の侵攻の展示は引き込まれました。
その一方で、城が現役時代の生活などに関する展示もあり、バランスを取った展示内容に感じました。
また、(私が見た限り)ドイツに対する良くない感情が見えた一方、フランスやオランダに対する感情は中立~やや良好に見え、その展示内容から現地の人々の空気を感じることができ、興味深い体験でした。展示物からこのようなメッセージを読み取ることも重要と感じました。
重要宿泊先は確保しましたか?Les Gîtes Du Palaisは立地、価格ともに良かったです。
果たして前後はどこに行ったのでしょうか?
(←前)Les Gîtes Du Palais(ベルギー、ディナンのホテル)の宿泊記
シタデル(ディナンの城跡)の散策:現在地
ディナンの街歩き観光(→次)
★本旅行記については、24年夏旅行のまとめで全体像(予算、日程、感想、そして次回への改善点)をまとめています。