チェスキークルムロフ城とその周辺の観光(25年夏)

記事上部注釈
弊サイトでは実際に利用したサービスなどをアフィリエイトリンク付きで紹介することがあります

チェコでも有名なチェスキークルムロフ。そのハイライトは城跡です。そんなチェスキークルムロフ城をその周辺を含めて観光しました。

写真1. チェスキークルムロフの街を眺める

復習:チェスキークルムロフの概要

図1. チェスキークルムロフの位置(googleマップより引用)

チェスキークルムロフの位置を示しました(図1)。現在の交通網から微妙に外れています。これがチェスキークルムロフの運命を決めました。

チェスキークルムロフは南ボヘミア地区の貴族によって、チェスキークルムロフ城が建設されたのがきっかけです。そのチェスキークルムロフは産業革命から取り残されました。そして、オーストリアとチェコスロバキアの分離とそれにともなう民族対立(チェコの領土にもかかわらずドイツ人のほうが多かった)がありました。その後はドイツ人追放や社会主義政権による街並の否定による衰退という場面もありました。

このように近代化から取り残されたことが、皮肉にもチェスキークルムロフを昔の姿に留めたとも表現できます。なお、1989年の東欧革命以降、(資本主義化されたこともあり)観光地として脚光を浴びています。

そんなチェスキークルムロフの魅力は、昔ながらの城、街並、そして蛇行するブルダバ川が織りなす風景でしょう。

補足

上の説明に出てきた概念を補足します。歴史学に詳しい人が見たら別の解釈がなされるかもしれませんが、大まかな補足という意図で記しました。興味のない人は、次の章にお進みください。

  • オーストリアからチェコスロバキアの独立:第一次世界大戦までオーストリア、ハンガリー、スロベニア、チェコ、スロバキア(そしてルーマニア、ウクライナ、ポーランドの一部も含む)一帯はオーストリア帝国という国家が存在していました。第一次世界大戦後は「民族自決」というお題目で、このあたりの各民族に独立した国が与えられました(ドイツ、ロシア、オーストリアの弱体化を狙ったイギリスとフランスの思惑もあったでしょう)。これにより、オーストリア国内だったチェコスロバキアは独立しました。民族分布と国境線は必ずしも一致せず、これが後の第二次世界大戦のきっかけになっていた面もあります。
  • ドイツ人:ここでは広義の意味。ドイツ語を母語として使っている人と定義し、(現代でいう)オーストリア国民も含みます。
  • ドイツ人追放と社会主義政権:国内にいるドイツ人が戦争のきっかけになったと解釈した中央ヨーロッパ各国は、第二次世界大戦後にドイツ人をドイツに追放しました。そして、その決定をしたのは(オーストリア以外の中欧諸国がソビエト影響下に入ったことから)社会主義を国の方針としたその地域の国々でした。これら社会主義政権は金儲けに関心がなかったのか、観光客誘致には消極的に見えました。そして、社会主義は王様がいないという建前なので、王だの貴族だのの象徴の城跡は目の敵にしたことでしょう。
  • 東欧革命:前述の社会主義政権は1989年~1990年に続々と引退しました。次々に起こったのは多くの解釈があるでしょうが、大きな理由はソビエト連邦が東欧諸国(現代の文脈だと中欧諸国)の維持に興味を失ったことでしょう。この最も大きなできごとがドイツ再統一でしょう。

チェスキークルムロフを歩く

御託はこの程度にして、チェスキークルムロフを実際に堪能しましょう!

チェスキークロムロフ城とその周辺

写真2. Budweiser Gate (Budějovická Gate)に入る

Budweiser Gate (Budějovická Gate)に入ります(写真2)。朝という時間帯のためか、人通りはかなり少ないです。

写真3. 朝だとトラックが入る

私の印象ですが、朝だとトラックが入り、観光を意外と楽しめない印象があります(写真3)。人がいないと良い、というのは運送業者にとってもそうなのでしょう。

写真4. チェコらしい街並を歩く

チェコらしい街並を歩きます(写真4)。上で朝のデメリットを記しましたが、夏の場合は涼しい時間帯に歩けるというメリットはあります。

写真5. 門が開いている

門が開いています(写真5)。これでチェスキークルムロフ城の構内に入れるね!

写真6. チェスキークルムロフ城がデーン!

チェスキークルムロフ城がデーンとそびえたっています(写真6)。

チェスキークルムロフ城

いよいよ、チェスキークルムロフ城そのものの見学です!

写真7. 熊のお出まし!

熊のお出ましです(写真7)。なぜ熊が飼われているのかは不明とされています。

写真8. 城に向かって進む

城に向かって進みます(写真8)。

写真9. 急な坂がある

急な坂があります(写真9)。

写真10. 城は偽物臭のある壁面

城は偽物臭のする壁面です(写真10)。だまし絵とも表現できましょうが、貴族であればここの費用を節約しなくとも…、なんて考えてしまいます。

写真11. チェスキークルムロフの街を見下ろす

チェスキークルムロフの街を見下ろします(写真11)。

写真12. ブルダバ川も見える

ブルダバ川も見えます(写真12)。

写真13. 多くの人が風景を眺める

多くの人が風景を眺めます(写真13)。

写真14. 別のアングルから撮影

別のアングルから撮影しました(写真14)。

写真15. 多くの人が自撮りに夢中!

多くの人が自撮りに夢中です(写真15)。みんな自撮りに夢中なので気づかないと思いますが、写真左側の壁面もだまし絵です。

写真16. チェスキークルムロフの街を眺める

チェスキークルムロフの街を眺めます(写真16)。これを眺めたくてここまでやってきたので、来たかいがありました。

写真17. みんなが眺めない反対側の風景

みんなは有名なほうばかり見ますが、反対側を眺めました(写真17)。緑が多く、のどかな住宅街に見えます。社会主義政権時代の団地が興ざめですが…。

写真18. ツアーの料金

ツアーに参加することで、城内を回ることができます。ツアーの料金は2000円程度でしょうか。

写真19. ツアーがめぐる経路

ツアーがめぐる経路です(写真19)。

写真20. ツアーを待つ

せっかくなので、城をめぐるツアーに参加することにしました。先に予約と支払いを済ませ、ここで待ちます(写真20)。なお、ツアー中は撮影厳禁です。よって、写真はありません。チェコ語による案内のため、(google翻訳で音声を拾った部分があるものの)内容を完全に理解することを放棄しました。

印象に残ったことは、建物の火災対策は重要ということです。ろうそくの炎を発端とした火災によって、一部の方が亡くなったという説明がありました。スプリンクラーを完備したり、照明を炎から電気に進化させたり、というテクノロジーはわずかながらであっても、建物をより安全にしていることでしょう。そして、断熱材がないために冬の城が寒いことも印象に残っています。やはりテクノロジーの進化は重要なのでしょう。

近代以前の歴史の知識はほぼ皆無ですので、具体的な人物名が出てきてもあまり興味が湧かなかった面もあります。そのため、このような感想が主体となってしまいました。

写真21. ツアー終了!

ツアー終了です(写真21)。

チェスキークルムロフの街を散策

最後に、チェスキークルムロフの街を散策します。

写真22. 城付近の風景

城付近の風景です(写真22)。

写真23. 熊とも再会!

熊とも再会しました(写真23)。

写真24. ブルダバ川のほうに向かう階段がある

ブルダバ川のほうに向かう階段がありました(写真24)。ここを下ってみましょう!

写真25. 人通りが多い

人通りが多いです(写真25)。さすが有名観光地です。

写真26. 路地をうねうね歩く

路地をうねうね歩きます(写真26)。

写真27. ブルダバ川を渡る

ブルダバ川を渡ります(写真27)。

写真28. チェスキークルムロフ城が見える

チェスキークルムロフ城が見える角度です(写真28)。

写真29. 路地を歩く

有名観光地といえど、道を1本外れると人通りが減ります(写真29)。

写真30. 立派な石橋が見える

立派な石橋が見えます(写真30、これは振り返ったときに撮影しました)。

写真31. 橋に上がるまでの風景

橋に上がるまでの風景です(写真31)。ゴムボートが人気です。

写真32. チェスキークルムロフ城が見える

橋に上りました(写真32)。チェスキークルムロフ城が見えます。

チェスキークルムロフを訪問してみて

写真33. 素朴な外観のチェスキークルムロフ城

有名観光地ということもあり、風光明媚な場所であるとともに、街の雰囲気も良いものがありました。ただし、荷物がネックであり、その点は旅程をうまく組まないとせっかくの思い出が台なしになってしまいます。

今回は、荷物という課題を「近くのチェスケー・ブジェヨビツェで宿泊する」という手段で回避しました。ただし、そのぶん滞在時間が少なくなり、その点はやや心残りがありました。当初の想定よりも雰囲気が良く、居心地も良かった証拠です。チェスキークルムロフの魅力を改めて実感するとともに、周遊旅行における事前の時間配分の難しさも浮き彫りになりました。

補足

今回、チェスケー・ブジェヨビツェで宿泊したホテルです。

U Černé věže 17, 370 01 České Budějovice 1, チェコ
重要

海外旅行で不安があるのであれば、以下のサービスで手配すると安心です!

航空券、ホテル
現地のツアー
インターネット
クレジットカード

前後を読みたい!

果たして前後はどこに行ったのでしょうか?

(←前)チェスキークルムロフへのアクセス方法(チェスキークルムロフ駅と街中を結ぶ路線バスの時刻表も掲載)

チェスキークルムロフ城とその周辺の観光:現在地

チェスケー・ブジェヨビツェからリンツまでの一般列車旅(チェスケー・ブジェヨビツェとリンツの移動方法も解説)(→次)

※この旅行の全体像は25年夏中欧・イタリア旅行のまとめをご覧ください。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする