ドゥカーレ宮殿(ベネチア)に親しむ(25年夏)

記事上部注釈
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ベネチア。過去に栄華を誇った都市とあり、栄華の時代を思い出させる建物も多いです。その象徴的なドゥカーレ宮殿を紹介します。

写真1. 宮殿らしい空間に圧倒される

復習:ベネチアの栄華と宮殿

最初にベネチアの栄華の歴史について簡単に紹介します。ベネチアは昔から海運で栄えた都市国家です。そこを管理していたのがヴェネツィア共和国です(イタリア本土側にも領土を有していましたが)。ヴェネツィア共和国の富と権力の象徴、そしてヴェネツィア共和国の中枢を担っていたのが、ここドゥカーレ宮殿です。

非常に簡単にまとめると、ヴェネツィア共和国は共和制の国家でした。いいかえると、王などの絶対権力者がいない体制でした。ドージェと呼ばれる終身の国家元首は存在していましたが、世襲制でなく、選挙で選ばれていました。

ただし、ヴェネツィア共和国の栄華も永遠ではありませんでした。衰退した大きな理由は以下の通りでしょう。

  • 欧州との貿易相手が従来の中近東地区からアジア、アメリカに広がり、アドリア海に位置する重要性が低下した
  • (ヴェネツィア共和国が崩壊した1797年には実用化されていなかったが)鉄道の発達などにともなう、海上輸送の重要性が低下したこと
  • 大砲が発達し、島に位置するベネチアの防御的優位性が発揮されなくなったこと

こうしてヴェネツィア共和国はナポレオンの手に渡り、さらにナポレオン管理下となった後はオーストリア帝国やイタリアとさらに管理者が変わりましたが、いずれにしてもこれらの首都になることもありませんでした。

そうはいっても、繁栄の時代に建造された宮殿などは今も残っているのです。

図1. ドゥカーレ宮殿の位置(googleマップより引用)

ドゥカーレ宮殿に親しむ

御託はこの程度にして、実際にドゥカーレ宮殿に親しみましょう!

写真2. サンマルコ・シティパスを購入

サンマルコ・シティパスをあらかじめ購入し、入る時間帯を指定する必要があります。難しいことを考えず、サンタルチア駅前の水上バスのカウンターで購入するのが最も安かったです(写真2)。とはいえ、38.9ユーロですか…。基本的に予約制/管理型のシステムですので、その点を留意する必要があります。まあ、中に入るとそこまで混んでいないので、予約時間前であっても、必要に応じてブンブン人を入れれば良いとは思いますが…。

写真3. ドゥカーレ宮殿の全容

ドゥカーレ宮殿の全容を撮影しました(写真3)。12:00から入場可能でしたので、入りましょう!

写真4. 観光客がうじゃうじゃ

観光客がうじゃうじゃいます(写真4)。とはいえ、中のキャパシティは大きいので、それなりに満喫できます。

写真5. 宮殿内に入る

宮殿内に入ります(写真5)。昔ながらの建物だ!

写真6. 中庭を眺める

中庭を眺めます(写真6)。装飾が凝っていて、すごい建物と感じました。ここにいるだけでテンションが上がります。

写真7. 階段を上がる

階段を上がります(写真7)。

写真8. 中庭に面するろうか

中庭に面するろうかです(写真8)。

写真9. 中庭を眺める

中庭を眺めます(写真9)。

写真10. 黄金階段を昇る

黄金階段を昇ります(写真10)。

写真11. 黄金階段を振り返る

黄金階段を振り返りました(写真11)。

写真12. すごい絵と金ぴか

部屋に入りました。古くからの絵画と金ぴかな装飾が印象に残ります(写真12)。

写真13. (記憶が正しければ)元老院の間

大きな部屋に入ります(写真13)。天井にレンズを向けている観光客の姿が印象に残ります。

写真14. 元老院の間を振り返る

その部屋を振り返りました(写真14)。

写真15. 次の部屋に進む

次の部屋に進みましょう(写真15)。

写真16. 街並が見える

街並が見えます(写真16)。ヴェネツィア共和国は、長らくイタリア内で栄華を誇っていて独自の国家を築いていました。しかし、建物の様式はイタリア地区のそれを感じます。

写真17. 武器が展示されている

武器が展示されています(写真17)。日本の城跡でも武器が展示されているところが多く、この点は洋の東西を問わないのでしょうか。

写真18. 昔の武器

昔の武器です(写真18)。

写真19. 迫撃砲も置いてある

迫撃砲もありました(写真19)。歴史的には新しい武器と思いますが、ここにあるのはなぜだろう?

写真20. 迫撃砲を眺める

反対方向から迫撃砲を眺めました(写真20)。以前はフランスやオーストリアとの戦いに巻き込まれていますが、今や(イタリアと)フランスはNATOの仲間であり、アドリア海の対岸のクロアチアとスロベニアもNATOの仲間ですので、これらの国からの攻撃を心配する必要はなくなりました。

写真21. 剣と盾が多い

剣と盾が多いように見えます(写真21)。

写真22. 武器が美しく羅列されている

武器が美しく羅列されています(写真22)。宮殿そのものよりも武器を撮影している自分とは…。個人的な好みでは戦車もあると良いのですが、ここは中世の香りただよう宮殿です。場違いな要望はやめましょう(戦車の登場は第一次世界大戦あたりです)。

写真23. 外を眺める

外を眺めます(写真23)。この風景を眺めるだけでも、ベネチアに来たかいがあるというものです。

写真24. 大評議の間

大評議の間です(写真24)。討論の場と評議の間が分かれているような説明を受けましたが、討論した部屋で評議したほうが効率的では?そのような感想はともかく、豪華な部屋です。このような場所に入ってこそ、宮殿に来たかいがあるというものです。

写真25. 大評議の間

大評議の間です(写真25)。部屋が広く、複数のアングルから撮影しています。

写真26. 大評議の間

先ほどとやや角度を変えて撮影しました(写真26)。

写真27. 観光客による大評議の様子

観光客がこの場で大評議をしていました(写真27)。いすは持ち込んだの?

写真28. ベネチアが描かれた壁画もある

ベネチアを描いた壁画もありました(写真28)。

写真29. 宮殿らしい部屋が続く

宮殿らしい部屋が続きます(写真29)。

写真30. 狭い通路に入る

狭い通路に入ります(写真30)。

写真31. 水路が見える

水路が見えます(写真31)。観光客にとっては美しい風景の1つに感じますが、牢獄に移される際に通る道でした。そのため、ここは悲しい場面であり、ため息の橋と呼ばれます。

写真32. 牢獄の様子

牢獄の様子です(写真32)。ここに閉じ込められるのはちょっと…。

写真33. 海側の風景

ため息の橋から海側を眺めます(写真33)。観光客がうじゃうじゃいます。

写真34. 中庭に戻ってきた

中庭に戻ってきました(写真34)。

写真35. 出口から入れない

出口から入れないようになっていました(写真35)。

ドゥカーレ宮殿に親しんでみて

今回、「イタリアテスト」で選択したベネチア。そして、そこで最も有名な観光名所という観点で訪問したドゥカーレ宮殿。この動機から見てわかる通り、積極的に選択したわけではありませんでした。

しかし、そのような期待値の低さに反し、華やかな雰囲気があふれる宮殿でした。古き良き時代の面影を残し、中世の雰囲気を感じた気がします。個人的には中世の歴史についてはあまり興味がありませんが、ここの訪問を機会に少しだけ中世時代の歴史に興味を持った気がします。

並んでおり、価格も高いですが、必見の価値はあると思いました。

重要

私は個人で行きましたが、外国の観光地で不安な人もいるでしょう。そのような場合はツアー参加も選択肢と思います。

ドゥカーレ宮殿とサン マルコ寺院のツアー(画像はKKdayより引用)

補足

今回、ベネチアで宿泊したホテルです。

Calle Priuli dei Cavaletti, 68, 30121 Venezia VE, イタリア
重要

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前後を読みたい!

果たして前後はどこに行ったのでしょうか?

(←前)ベネチア(ヴェネツィア)の移動方法の概要

ドゥカーレ宮殿(ベネチア)に親しむ:現在地

サン・マルコ寺院に親しむ(→次)

※この旅行の全体像は25年夏中欧・イタリア旅行のまとめをご覧ください。

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