2020年に発行された「世界の鉄道調査録」。この書籍は海外の鉄道全体について知ることのできる本です。ごつい本で買うことをためらってしまいますが、とても良くできた本です。では、どのような中身なのでしょうか。簡単にレビューしてみました。
写真1. 百科事典のような書籍!
世界の鉄道調査録の概要
多種多様なあらゆる国に敷設させている鉄道。その姿はその国によってまちまちです。日本やイギリスのように旅客輸送が中心の国。フランスやドイツのように旅客輸送と貨物輸送の両方が発達している国。そして、アメリカやオーストラリアのように貨物輸送が中心の国。
その多くの実態を抱えた鉄道の実態について触れた書物はほとんどありません。その証拠に大型書店に行ってもあるのは日本国内の鉄道の本ばかり。あっても「ヨーロッパの鉄道旅行」のようなものが中心です。それと一線を画すのが本書です。海外の鉄道に精通した秋山先生が仕事や旅行で訪問したときの記録をまとめています。そのため、世界の鉄道調査録というタイトルなのです。
地域別にまとまる
写真2. 収録された国と地域の地図
世界には多くの国がありますが、1つ1つの国についてまとめている、というよりも地域ごとに分かれています。
ヨーロッパ:1ページ~319ページ
高速鉄道、鉄道、地下鉄概論:321ページ~351ページ
ロシア周辺:354ページ~440ページ
アジア、オセアニア:441ページ~891ページ
南北アメリカ:893ページ~945ページ
アフリカ:947ページ~1036ページ
著者が15年以上かけて調査した鉄道についてじっくり述べられています。各地域で古い順で並んでいます。1回の調査に6ページくらい割いています。この類の書籍では珍しく、全部のページがカラーです。また、有名な国や大きな国ばかりに焦点が当たっているわけではありません。マイナーな国の鉄道事情についても触れられています。
アジアに多くのページが割かれていて、その中でも特に中国の記述が多いです。中国は近年成長している国で、それだけ調査対象が多いのでしょう。また、中国は人口が多く、それだけ鉄道での輸送量が多い点もありましょう。
全体的に感じたことは、著者は限られている時間を観光よりも鉄道に割り振っています。ウィーンなどのような都市であっても、代表的な観光名所だけの見学に留めているのが印象に残っています。さらに、鉄道のプロであっても、旅行のプロではない様子も伝わります。それだけ鉄道に特化した調査をされているのでしょう。
ヨーロッパの記述から見る「世界の鉄道調査録」の特徴
写真3. 記述の一部(パリからベルリンへの旅程の記事から)
では、実際にどのような記述が多いのでしょうか。アジア、オセアニアに次ぐ記述量を誇り、鉄道大国がひしめくヨーロッパの章から特徴を探りましょう。
例えば、イギリスの調査では主要幹線に実際に乗るばかりではなく、高速新線の建設現場にも訪れています。もちろん、1ファンが個人的に向かったという次元ではなく、イギリスの当局の人と視察しています。もちろん、多くの有名な列車に乗っています。以下にその列車群を示します。
・ユーロスター(イギリス-フランス)
・TGV(フランス)
・AVE(スペイン)
・ICE(ドイツ)
・氷河急行(スイス)
とはいえ、このようなメジャーな列車だけではなく、リトアニアの電車(ビリニュスとカウナスの移動)などのようなマイナーなものにも乗っています。
さらに、歴史についても若干触れています。ベルリンからワルシャワ(ポーランドの首都です)に移動する際に、ポーランド西部の鉄道網が、ポーランド東部の鉄道網よりも密度が高いことに触れています。これは、戦前のポーランドの領土のことや、それ以前のこの地区の歴史をひもとけば理解できます(興味を持ったら、実際に本で確認してみましょう!)。
そして、ロンドン・パリ・ベルリンなどのような大都市の都市交通についても、実際に乗り、見識が高い著者らしい考察もなされています。特に、ベルリンについては現在の中央駅建設時の様子が収録されていて、歴史的に価値の高い資料となっています。普段から親しんでいないので、海外の都市はどうしても理解しにくい部分があります。それでも、基本的な地理や歴史の解説からスタートしてくれているので、その都市の鉄道のことを知らなくとも、それなりに書いてあることを理解できました。
着目点:ザイールの鉄道
写真3. 本書はとても厚い
アフリカにコンゴ民主共和国という国があります。ここに著者は国際協力として鉄道事業プロジェクトで関わっていました(1981年~1983年)。当時のザイールの情勢やザイールの基本的な歴史から触れています。
この中で(読者の私が)印象に残ったのは、首都キンサシャの通勤風景です。私が印象に残った箇所を本文から抜粋しましょう。
朝夕の通勤時になると、(中略)市内に向かうザイール人労働者を鈴なりに乗せた列車が、朝2本・夕方1本到着する。(中略)無賃乗車をする者も多く、その数は25%にも及ぶという。
側面は素通しで、どこからでも乗降可能な便利なものである。
身動きができないスシ詰め列車の中でもコソ泥がおり、カバンを持たないザイール人はその対策として、靴下の中に身分証明書・労働許可証、そしてわずかばかりの現金をしのばせている。
引用元:本書968ページの記述から
途上国ならではの通勤風景という感じがします。特に、本数の少ない列車に多くの乗客が鈴なりに詰め込まれ、その中でも仕事(犯罪)に熱心に取り組むのがそれらしい風景です。
1980年代は貧富の差こそあったものの、それなりに平和な国情だったのでしょう。その証拠に首都の通勤列車に鈴なりに乗っている人は楽しそうです。ある意味、日本の通勤風景よりも楽しそうです。
その後、内戦が勃発し、コンゴ民主共和国(1997年にザイールからコンゴ民主共和国に名称変更あり)は世界最貧国となってしまいました。本書ではその後の状況については述べられていませんが、あまり鉄道は発達していないようです。
最後に:印象に残ったこと
このように、世界の多くの鉄道を巡っていた著者ですが、そこまで危険な感じは(文章からは)感じられませんでした。海外旅行情報をインターネットで集めると、「現地の鉄道は治安が悪いから乗らないほうが良い」というありがたい忠告があります。確かに、見ず知らずの人が同じ空間にいるわけですから、不安なこともあるでしょう。
しかし、多くの人がその鉄道を利用し、生活が成り立っているとしたら?それは「日常生活」を送れている証拠です。確かに、「外国人」が狙われる例もありましょう。それでも、よほど治安の悪い場所を除いて、注意しながら鉄道を利用することはそう危険ではないのでしょう。ただし、スリに対する注意は必要でしょう。
世界の鉄道調査録をきっかけとして、海外の鉄道に興味をもっていただき、ひいては「海外の鉄道」を記した書籍が多く発行されることを、ヨーロッパの鉄道に興味ある私は望むところです。
若干高価な書籍で、通常の書店では売っていません。そこで、以下の通販サイトから購入するのも手です。また、本書は重いので、持ち帰るのも大変です。そのような意味でも通販サイトは有用です。
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