鉄道の世界史の感想と書評

記事上部注釈
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世界各地の鉄道の歴史をまとめた「鉄道の世界史」。多くの国の鉄道について、その歴史を広く知ることができます。では、どのような書籍なのでしょうか。簡単に紹介します。

鉄道の世界史

写真1. 何かすごそうな外観

どんな人におすすめか

この書籍は万人に受けるものではありません。では、どのような人が読むと良いのでしょうか。私なりにまとめました。

・海外の鉄道の形成にある程度の興味があること
 ※詳しい必要はありません。詳しい内容は本文を読めば良いですから!

・世界の近代以降の歴史にある程度の知識があること
 ※詳しい必要はありません。中学のテストで60点レベルで充分です。関連ある歴史は解説してくれています。

・そして何よりも鉄道や地理についての知的好奇心があること

鉄道の世界史の構成

まず、鉄道の世界史の基本情報をおさらいします。

・著者:小池 滋、青木 栄一、和久田 康雄(編)
・出版社:悠書館
・分量:752ページ

世界には多くの国があり、その国情によってその国にあった形態で発達してきました。そのため、時代別だったり、テーマ別だったりというわけではありません。地域別にまとめられています。鉄道の発達した地域は国別にまとめられていますし、そうでない地域は地域ごとにまとめられています。

1人の著者が世界のあらゆる地域の鉄道の実態を知るわけがありませんので、それぞれの地域ごとにそれぞれのプロフェッショナルがまとめています。それぞれのプロフェッショナルごとに特色がありますから、それぞれの章で独特の味を楽しめます。

では、どのように地域を分けているのでしょうか。

・第1章:イギリス

・第2章:ドイツ、オーストリア
※オーストリアもドイツ語を話す国なので、まとめられたのでしょう

・第3章:フランス、ベネルクス
※ベネルクスとは、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクのことです。西ヨーロッパの国々です。

・第4章:イベリア
※スペインとポルトガルのことです。

・第5章:イタリア

・第6章:スイス

・第7章:ハンガリー

・第8章:ポーランド

・第9章:スカンジナビア3国とフィンランド

・第10章:ロシア

・第11章:中近東

・第12章:アフリカ

・第13章:アメリカ合衆国

・第14章:カナダ

・第15章:ラテンアメリカ

・第16章:南アジア

・第17章:東南アジア(大陸部)
※タイ、ミャンマーやベトナムなどです

・第18章:東南アジア(島嶼部)
※インドネシアやマレーシアなどです

・第19章:東アジア

・第20章:日本

・第21章:オーストラリア

・第22章:ニュージーランド

鉄道の発達したヨーロッパに手厚く、他の国々は比較的薄くまとまっている印象です。それでも地球全体の鉄道の歴史について網羅的にまとめられているのは頭が下がります。

小池 滋、青木 栄一、和久田 康雄(編) 悠書館

鉄道の世界史の各章の内容

それでは、それぞれの国や地域の鉄道についてどのように触れているのか、簡単に紹介します。

第1章:イギリス

いうまでもなく、イギリスは鉄道発祥の国です。今の感覚ですと、「最も古い鉄道がある」という認識ですが、当時の認識は別です。当時多く使われていた主力となる交通機関では不都合な理由があったためです。鉄道が交通機関として1つの道具に過ぎないことを認識させられる部分です。

鉄道の原型は蒸気機関車がけん引する列車というイメージがあります(写真2)。しかし、原型はそのような姿ではありませんでした。

SL(横川)

写真2. 多くの人がノスタルジーを感じるSL列車(2016年に信越線の横川で撮影)

最初はレールさえありませんでした。木の上に鉄の板を覆うのが原型でした。多くの人がノスタルジーを感じる「鉄道の原型」に至るまでは以下の3段階を経る必要がありました。

1) レールの登場:軌道を鉄の板から鉄の棒に変更。車輪の発明も必要でした。

2) 公的鉄道の登場:現在の道路や運河のような誰でも使えるシステムから、独占的に責任を負う事業者によるシステムへの変更。

3) 蒸気機関車の登場:また、動力源の馬車から蒸気機関車への転換。このときに考慮するべき内容は「蒸気機関」を動力源として使うことと、その「蒸気機関」を自走させる機械の発明の2点です。

このように、鉄道が登場するまでの経緯が細かく記されています。

1830年代にはイギリスは「世界の工場」として発達しました。「世界の工場」として機能するために、物流・金融・情報が整備される必要があります。そのような意味で「世界の交通」、「世界の金融」、「世界の情報」を担う必要がありました。そのためにイギリスでは鉄道が発達しました。

鉄道が発達するにあたって、全国に至るネットワークは必要不可欠です。そのためには相互乗り入れが必須です(もともと広域輸送を考えずに敷設されたため)。相互乗り入れには、ゲージの統一と運賃の精算です。ここでも金融システムの発達が生きてきます。

イギリスの章では、「世界初」の鉄道が運営されたことを重視して、19世紀末までの記述に重点が見られています。逆に、ここ100年余りの記述は6ページで済まされています。第一次世界大戦以前よりも第一次世界大戦以後の歴史に興味ある私にとっては、ちょっと不足しているように感じました。

第2章:ドイツとオーストリア

現在に至るまでドイツとオーストリアはきめ細かな鉄道網、美しいパターンダイヤ、ローカル線でも充実の多い本数、と共通項が見られます。細かなことをいえば、電化方式も共通だったりと共通点もかなり多いです。

考えてみれば、オーストリアもドイツ語を話す国です。広い意味でいえば、オーストリアもドイツ人の国なのです。そんな両国を同じ章にまとめるのも当然でしょう。

本章ではドイツの政治形態の変化に応じて記述が分かれています。

補足.中央ヨーロッパの簡単な歴史

本章では当たり前の知識として省略されていますが、ドイツとオーストリアの近代以降の歴史を簡単に踏まえましょう。そうでないと、「内容(ないよう)がわかんないよう」といわれてしまいます。そこで、簡単にまとめてみました。歴史に詳しい人に言わせると間違いはあるでしょうが、本記事は鉄道について述べることが主眼です。細かいことは無視してください!

1) ドイツ地区はもともと多くの小国が乱立、オーストリア地区は現在のハンガリー、チェコ、スロバキア等も含めたオーストリア帝国としてまとまっていた

2) ドイツ地区の小国がまとまる。いろいろあったが、プロイセンを主体とするドイツ帝国として1つにまとまる
※ドイツ統一のことです。東西ドイツ統一はドイツ統一ではなく、ドイツ統一と呼びます。

3) 第一次世界大戦によって、敗戦国のドイツの一部が切り離される。同時にオーストリアは大解体され、現在のオーストリアの領域が定まる
※このときに同じドイツ人の国「ドイツ」と「オーストリア」の合併は禁止される(のちにヒトラーがこの約束を破る)

4) 第二次世界大戦によって、ドイツはさらに縮小したうえで、「西ドイツ」と「東ドイツ」に分割。オーストリアはそのまま

5) 「東ドイツ」の存続意義がなくなったので、「東ドイツ」は消滅し、「西ドイツ」は「東ドイツ」地区も管理。1つのドイツになる(※)。
※東西ドイツ再統一のことです。このとき新しい国家が樹立されたわけではなく、西ドイツが東ドイツを吸収したのです。そのため、現在のドイツは領域を拡大した西ドイツという認識も可能です。

ドイツ・オーストリア地区での鉄道の誕生からドイツ統一まで

ドイツで最初に鉄道が完成したのはドイツ南部のバイエルン王国(現在のバイエルン州)でした。鉄道の開業にはレール、機関車など多くの準備が必要ですが、その苦労についても触れられています。特に機関車はオランダからはるばるライン川で輸送するなど苦労が見えます。このほかにも、ドイツ統一前に鉄道整備が進んでいた各国について述べています。

・ザクセン王国:ライプツィヒとドレスデンを結ぶ鉄道
 ※この中でドイツ全土の鉄道計画についての構想も紹介されています

・オーストリア帝国:ウィーンを中心に北部に向かう鉄道と南部のトリエステ(現在はイタリア領ですが、当時はオーストリア領でした)に向かう鉄道
 ※ゼメリング峠越えの鉄道も建設しています

・ブランシュバイク公国:ブランシュバイク周辺の鉄道を開業
 ※ブランシュバイクはハノーファーとベルリンの間にある都市です

・バーデン公国:スイスのバーゼルまで足を延ばす鉄道を完成させています
 ※このとき、スイス国内までバーデン公国扱いという取り決めがなされ、現在に至るまで有効です

・プロイセン王国:首都ベルリンから東部のケーニヒスベルク(現在のロシア連邦カリーニングラード)に結ぶ鉄道、ベルリンからルール地方を結ぶ鉄道
 ※プロイセン王国はドイツ地区でも有数の国でした。この後、ドイツ統一の主導権を握った国でもあります

このように各地で鉄道が建設されました。この後、ドイツ統一の見解の相違からプロイセンとオーストリアで戦争が勃発しますが、このときに国境付近の戦闘で鉄道が有効活用されています。ブレスラウ(ヴロツラフ)付近で鉄道が発達しているのはこのことが関係しているのかもしれません(ただし、現在はポーランドとチェコの境界付近です)。

ドイツ統一から第一次世界大戦前まで

その後、ドイツ統一がなされますが、鉄道は統一されずにいました。唯一、ドイツ帝国直轄だったのはエルザス・ロートリンゲン地方だけでした(ドイツ統一前はフランス領でした)。この地方は現在はフランス領ですが、いまだにドイツの名残が残っています。ドイツ時代に複線化がなされましたので、現在もこの地方は右側通行です(フランスの鉄道は左側通行、ドイツの鉄道は右側通行)。

ドイツ帝国と各国のせめぎあいにも触れられていますが、結局各国の所有のままでした。第一次世界大戦直前にはプロイセン国鉄は世界で最も大きい企業体になっていました。それだけこの時代のドイツの鉄道が発達していたのです。

当時のドイツ帝国は軍事大国をめざす新興国でもありました。軍事輸送には鉄道が不可欠です。そのため、仮想敵国のフランス(西側)とロシア(東側、現在のポーランド東部はロシア領でした)を意識して東西を結ぶ鉄道が発達しました。現在こそ、このような路線は平和利用がなされていますが、鉄道は軍事施設でもあることをよく意識させる記述です。

戦間期の鉄道

本章ではナチス成立前後で記述が分けられていますが、本記事ではまとめて記します。新生ポーランドに割譲などにより、ドイツ帝国は東部領土を喪失、オーストリア帝国はドイツ人居住地区以外を新生国家(チェコスロバキア、ポーランド南部、ハンガリーなど)に割譲して大幅に領土縮小という国体の変化がありました。

このようなきっかけがあり、ドイツ国鉄が登場しました(従来の国は州に格下げ、例えばプロイセン王国はプロイセン州に格下げ)。州有鉄道ではなく、中央政府が鉄道を直轄したのです。このときの州はいかに高く売るか、ドイツ政府は安く買うか、という腹の探り合いがありました。しかし、結局は資金不足という理由で中央政府からの支払いはありませんでした。

特筆すべきなのは、1920年代には交流電化がはじまっていたことです。それもドイツ、スイス、オーストリア共同規格での電化です。ドイツ、スイス、オーストリアはドイツ語を話すという共通点もあり、ある程度共通化したほうが良いという意識もあったのでしょう(この3か国の鉄道利用方法が似ているのも偶然ではないでしょう)。

その後、ナチスによって国の運営方法は変わりました。鉄道がプロパガンダに使われ、そしてユダヤ人輸送にも使われてしまいました。ヒトラーは広軌鉄道の構想を抱いていましたが、みごとに専門家から「必要なし」という助言をもらっています。広軌鉄道を建設しても既存線区と直通できませんから、どうするつもりだったのでしょうか。

戦後の鉄道

戦後の鉄道についての記述はあっさりしたものです。戦後はドイツとオーストリアは3つの鉄道に分割されました。

・ドイツ連邦鉄道(いわゆる西ドイツ国鉄)
・ドイツ国有鉄道(いわゆる東ドイツ国鉄)
・オーストリア連邦鉄道(いわゆるオーストリア国鉄)

1994年1月1日にはドイツ連邦鉄道とドイツ国有鉄道と統合し、ドイツ鉄道となりました。そう!ドイツ再統一(1990年10月3日)と鉄道の再統一(1994年1月1日)にはタイムラグがあるのです!これは旧東ドイツの所得水準が低く、(旧東ドイツ人にとって)運賃値上げとなる鉄道組織の統一までのタイムラグが必要だったのです。

個人的には、ここの記述をもう少し厚くしてほしかったです。西ドイツ国鉄には「ルフトハンザ扱いの列車」「国際列車TEE」という題材もありますし、東ドイツ国鉄には「西ドイツと西ベルリンの連絡列車」という題材もありますから!

今後もドイツ鉄道、オーストリア国鉄、そしてスイス国鉄はヨーロッパ中央部の軸として連携し、そしてその役割は衰えることはないでしょう。

ICEとレイルジェット

写真3. ドイツとオーストリアの結びつきの強さを示す構図(ドイツ鉄道ご自慢のICEとオーストリア国鉄ご自慢のレイルジェットのご対面、ウィーン中央駅で)

小池 滋、青木 栄一、和久田 康雄(編) 悠書館

第3章:フランス、ベネルクス

個人的には、フランスの鉄道にはあまり親しみを感じません。確かに、TGVが発達している国という印象がありますが、あまり身近に感じないのです。その理由が本章の冒頭に記されていました。

日本の鉄道はまず英国から技術を学び、その後はドイツとアメリカの影響を強く受けながら独自の発達をしてきた。これに対してフランスとの関係は、鉄道に関する限り、第二次世界大戦後までは非常に希薄であった。

引用元:本書98ページの記述から

イギリスやドイツでの記述とは異なり、本章ではフランスの鉄道の創成期~現代までまんべんなく書かれています。トピックを列挙してみましょう!

・フランス鉄道の起源

・鉄道憲章

・6大私鉄への統合

・普仏戦争と鉄道

・フレシネ計画と鉄道網の拡充

・パリのターミナル駅

・記念碑的土木建築物

・パリの地下鉄

・戦間期のフランス鉄道

・国際鉄道連合UICの成立

・機関車技師アンドレ・シャプロン

・フランス・ナシオナル鉄道会社SNFCの成立

・レジスタンスとルイ・アルマンによる鉄道網の復興

・商用周波数交流電化の実用化

・交流電化と日仏鉄道技術

・新幹線とTGV

・パリ運輸公社の成立と地域急行鉄道網の整備

・SNCFの完全国有化と国内交通基本法LOTI

・英仏海峡トンネルと国際高速鉄道網の整備

・欧州統合とフランス鉄道

ここでは、3つに絞って内容を取り上げます。

パリのターミナル駅

パリの長距離ターミナル駅は6つあります。リヨン駅オステルリッツ駅モンパルナス駅サンラザール駅北駅東駅の6つです。これらはいずれも19世紀に完成した駅で、本章では簡単に特徴をまとめています。

とはいえ、本書の記述だけでは不足と思う人もいることでしょう。そこで、弊サイトでは実際に6駅を訪問しています。上の段落の駅名をクリックすると、詳細な訪問記を眺めることができます。

また、パリのターミナル駅が6つに分かれた原因についてはあまり触れられていません。そちらについては、類書の都市交通の世界史-出現するメトロポリスとバス・鉄道網の拡大で詳しく触れられています。

★書評も書いています。都市交通の世界史の書評

海外の都市鉄道は多様な発展をとげています。利用方法は地球の歩き方などのガイドブックに書いています。しかし、なぜその都市で現在のような都市交通が発達したのか、という側面について書いている書籍はそう多くありません。そんな貴重なことを書いている本を読んでみましたので、紹介いたします。

交流電化と日仏鉄道技術

日本の交流電化の技術がフランスから取り入れられたということは、鉄道に詳しい人であればご存知かもしれません。戦前からドイツなどでは交流電化がなされてきていましたが、フランスの交流電化の特徴は商用周波数であることです。

商用周波数での交流電化が可能になったフランスは、国際会議の場でこの方式の電化を自慢します。それに触発された日本国鉄の技術陣が仙山線で独自の方式の交流電化に成功してしまいます。このあたりのエピソードを細かく書いてくれています。必見です。

新幹線とTGV

先の交流電化という技術は高速走行に必須の技術です。その交流電化の技術を生かして、日本では「新幹線」を開業させました。「新幹線」の成功に驚いた西ヨーロッパ諸国は高速化を模索します。

そうして、フランスがヨーロッパで初めて高速列車を実現しました。日本の新幹線とは異なる方向で開業しました。この詳細について書かれています。

第4章:イベリア

イベリア半島という用語を中学生のときに習った記憶があります。その遠い昔の記憶がよみがえってきました。イベリア半島はヨーロッパ南西部の半島ですね。スペインとポルトガルが該当します。

スペインとポルトガルの章もフランスと同じく、まんべんなく書かれています。スペインやポルトガルは、ヨーロッパの中では鉄道の発達が遅れた国々ですが、その背景が書かれています。私の読み取りかたが正しければ、以下の要因です。

1) スペインもポルトガルも山がちな地形で、鉄道を建設する労力とコストがかかった

2) スペインもポルトガルも情勢不安定で、長期的展望が必要な鉄道建設や鉄道運営をやりにくい環境だった

3) (特にスペインは)2度の世界大戦に巻き込まれなかったものの、内戦があり、インフラが失われた
 ※大戦に参加していないことから、戦後にアメリカやソ連の援助を受けられなかった部分もありましょう(本書では触れられていませんが、スペインは西ヨーロッパ復興計画「マーシャル・プラン」の範囲には入っていませんでした)。

このような苦悩が本章を通じて見られました。学校の歴史でスペインの近代史はあまり触れられませんが、われわれ読者がスペインの近代史の知識にうといことを見越しているのか、歴史的背景をていねいに説明しながら、当時の鉄道の概要を解説してくれているように感じました。個人的には、とてもスルスルと読めました。

小池 滋、青木 栄一、和久田 康雄(編) 悠書館

第5章:イタリア

イタリアも鉄道の起源~現代までまんべんなく書かれています。ただし、フランスやイベリアの章と異なるのは、細かなトピックではなく、大きな歴史の流れごとに書かれていることです。19世紀はじめのイタリアは地域ごとに国に分かれていました。ドイツと同じです。そのため、歴史的な流れはドイツと同じ流れです。ただし、第一次世界大戦での領土縮小はなく(むしろ南チロルやトリエステ地方などを獲得した)、第二次世界大戦での領土縮小はそこまで大きくありませんでした。

本章では、以下の時代ごとに書かれています。

1) 統一イタリア成立前

2) 統一イタリア王国

3) 第一次世界大戦の勃発

4) ファシズム~第二次世界大戦

5) 戦後復興期

6) 現代イタリア

ただし、1)の記述は厚く、6)の記述はやや薄い印象を受けました。

1) 統一イタリア成立前

統一イタリア成立前は9つの国に分かれていました。イタリア最初の鉄道はナポリ近郊の10km足らずでした。また、北からはオーストリアのウィーンからトリエステ(現在はイタリアですが当時はオーストリアでした)を経てヴェネツィアまで路線を伸ばしました。

このように多くの鉄道がそれぞれの国で建設されました。その後、統一イタリアが成立しますが、その前段階で生じるのが戦争です。その戦争では鉄道が軍事利用されました。その背景にはフランスもあります。フランスにとってオーストリアの勢力軽減は得策でしょう。そのため、フランスはイタリア統一を支援します。そうして、鉄道を利用してイタリアは統一されました。

2) イタリア王国

現在のイタリアの首都はローマですが、最初から首都はローマにはありませんでした。これは教皇領(ローマ周辺の地域)が当初のイタリアに含まれていなかったためです。それから10年の間にプロイセンとオーストリアの戦争、プロイセンとフランスの戦争でプロイセンが勝利すると、現在のイタリアが統一されました。イタリアが含まれていない戦争の結果で、イタリア領土が変化する理由は、個人的には理解できませんが、多くの利害関係がそうしたのでしょう。

当時統一されたとはいえ、他のヨーロッパの主要国(イギリス、フランス、ドイツ)と比べると、イタリアの鉄道網は見劣りしています。本書ではこの時期のイタリアの鉄道網の発達について詳しく触れています。どの路線が開業したのか、イタリア王国がどのように鉄道と向き合ってきた、などです。

3) 第一次世界大戦の勃発

第一次世界大戦前には三国同盟(イタリア、ドイツ、オーストリア)と三国協商(イギリス、フランス、ロシア)が対立していたことは、中学生レベルの知識でしょう。しかし、第一次世界大戦ではイタリアは当初中立の姿勢で臨み、その後に連合国側(フランス側)で参戦しました。これにはオーストリア領土内の「未回収のイタリア」を回収する意図がありました。

連合国側についたイタリアは「勝ち組」の陣営に入ることができ、オーストリア領土の一部を獲得することができました。ただし、鉄道網の都合も考えて国境を設定したわけではありません。そのため、奇妙なことが起こりました。

オーストリア南部のフィラハと、オーストリア西部のインスブルックを結ぶメインルートとなる路線は、もともとオーストリア国内で完結していました。しかし、経路上の一部がイタリアに編入されてしまいました(図1)。そのため、フィラハとインスブルックを結ぶ列車はイタリアを通過するようになりました。このような列車を回廊列車と呼びます。

(参考)図1. イタリア国内を通過するオーストリアの鉄道(googleマップより引用)

4) ファシズム~第二次世界大戦

第一次世界大戦後のイタリアではファシズムが勢力を握りました。ファシズムの特徴は「中央の管理」です。その「中央の管理」は鉄道にも当てはまり、多くのプロジェクトが進行しました。本書に紹介されていたプロジェクトの一部をここで掲載します。

・ローマ-ナポリの高速新線建設

・主要幹線の電化
 ※電化路線はイタリア北部に集中し、南部は未電化の路線が多かった

・ミラノ中央駅の改築

このようにして、ファシズム時代の鉄道は大きく発展しました。また、このころのイタリア国鉄は定時運行がなされていたとの記述もあります。ただし、この裏には定時運行できなかった場合の乗務員への懲罰など、陰の面もかいま見えます。

ファシズム政権の最も大きな負の面は戦争への参戦でしょう。当初は第二次世界大戦に参戦しませんでしたが、ドイツ側に立って参戦することになります。つい20年前に戦った相手ととも戦うあたり、イタリアの自由さが見えます。その戦争で多くの鉄道施設も被害にあいました。

5) 戦後復興期

甚大な被害にあった鉄道の復興の様子が紹介されています。本書で紹介されている項目は以下の通りです。

・主要幹線の電化

・ローマ・テルミニ駅の改築

・ETR300型の登場
 ※日本の名鉄パノラマカーの元祖ともいえる電車です

・TEEの登場(ヨーロッパを結ぶ国際列車、当初はオール1等車)

6) 現代イタリア

1970年代以降の歴史を記した章です。高速鉄道の建設や、都市交通の発達について述べられています。

都市間の高速鉄道ですが、もともと戦前にある程度のインフラは整備されていましたので、新たに行うべきことは、高速運転できる車両の投入です。本章ではその点も触れられています。

また、都市交通も発達しました。ローマやミラノという大都市で地下鉄が開業したのは、このころです。ローマの地下鉄の開業が1955年ですが、日本よりも28年も遅れています。イタリアのほうが先進国感がありますが、ここまで遅れたのはイタリアならではの事情がありました。

現在のイタリアは南部でもある程度の利便性が確保されています。

第6章以降

この他の国についても同様に紹介されています。各国の歴史のおさらいと、その歴史ごとの鉄道の発達度合いが詳しく書かれています。

特にポーランドが興味深かったです。ポーランドでは西部では鉄道が発達し、東部はあまり発達していません。これは、近代のポーランドの形態が大きく関係します。ポーランドが成立したのは第一次世界大戦以降です。第一次世界大戦前は運営する国が異なりました。運営する国によって、鉄道に対する力の入れ具合が異なります。国が変わってもインフラはそう変わりません。そのため、前身の国の影響がどうしても生じるのです。

また、東南アジアの長距離路線で電化されているところはありません。ただ1つの例外を除いてです。その例外が589ページに掲載されています。

小池 滋、青木 栄一、和久田 康雄(編) 悠書館

鉄道の世界史の書評まとめ

鉄道はそれ単独としては成立せず、現地の事情に大きく左右されます。そのため、鉄道の歴史を知ろうと思ったら、基本的な歴史を知る必要があります。現代の日本では鉄道は平和の象徴ですが、戦時中は軍事物資を運ぶための道具であり、平和とは真逆の存在でもあります。本書を読み進めていくと、そのようなこともわかりましょう。

鉄道の世界史は世界各国の鉄道の歴史的概要をおさらいするのに適切な、とてもよくまとまった書籍です。確かに、各国の詳細な事情までは触れられていない部分もありましょう。しかし、1冊で概要を把握することは意外と困難です。

また、インターネット先生に聞くと、詳細なことを教えてくれます。本書の内容以上のことが書かれている記事もありましょう。ですが、インターネット検索では自分の興味あることしか知ることができません。一方、書籍であれば、自分が興味なかったことを知るきっかけとなり、それがさらなる興味の広がりの糸口になるかもしれません。

そのような意味で、本書は鉄道趣味や歴史趣味をさらに広げる糸口となりましょう。本書は大型書店でしか販売しておらず、インターネットでの注文も良い選択肢です。

鉄道の世界史

小池 滋、青木 栄一、和久田 康雄(編) 悠書館

類書の紹介

本書にご興味を持ったということは、類書の都市交通の世界史にも興味を持つことでしょう。私はこちらの書籍も購入し、実際に書評をまとめています。

都市交通の世界史の書評

海外の都市鉄道は多様な発展をとげています。利用方法は地球の歩き方などのガイドブックに書いています。しかし、なぜその都市で現在のような都市交通が発達したのか、という側面について書いている書籍はそう多くありません。そんな貴重なことを書いている本を読んでみましたので、紹介いたします。

また、この書籍を含んだ、海外の鉄道に関するおすすめの書籍を紹介しています。

海外の鉄道について知るためのおすすめの書籍5選

日本の鉄道に関する書籍は多くありますが、海外のものになると一気に減ります。では、海外の鉄道を知りたいときにどのような本があるのでしょうか。海外の鉄道に興味のある私が5つの書籍を紹介します。
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