接続風景~白金高輪(南北線と三田線)

地下鉄としては珍しく2路線が共有する白金高輪-目黒。三田線、南北線ともに分岐点の白金高輪発着が多く見られます。このジャンクションではどのように接続しているのでしょうか。


接続風景とは

異なる路線だけれども、関係が深い2路線。これらの路線の結節点ではどのような接続が行われているのか(あるいは直通しているのか)、それを探るシリーズが「接続風景」です。この2路線、そしてジャンクションの選定は私が実施いたします。

概要紹介

白金高輪は地下鉄南北線と都営三田線の分岐点です。白金高輪の北側では両線が分岐し、白金高輪の南側では両者が線路を共有します(厳密には白金高輪-目黒は南北線の線路です)。目黒より南側は東急目黒線となり、東急線と相互直通しています。ここでは白金高輪以北を都心側、白金高輪以南を郊外側と呼ぶことにしましょう。

ダイヤ紹介

ダイヤ概要

平日日中時間帯のダイヤを解説いたします。30分サイクルのパターンダイヤとなっています。白金高輪以北は6分間隔、白金高輪以南は平均5分間隔で運転されています。平均5分間隔と6分間隔をどのように合わせるのでしょう?

そのからくりは、南北線と三田線を3分ずらすことと、白金高輪の折り返しを2回連続させることです。その詳細を見てみましょう(表1)。

表1. 白金高輪での接続(北行)

白金高輪の接続(北行)

ここでは、東急目黒線から都心に向かう方向を考察します。ここでの種別は東急線内の種別を示します。まず、05分発の各停が三田線に発車します。この6分後の11分に急行が三田線に発車します。急行の発車4分後の15分に各停が南北線に向けて発車します。つまり、三田線→三田線(急行)→南北線の順番で発車します。

次の15分は逆の組み合わせです。21分発の各停が南北線に発車します。この6分後の27分に急行も南北線に発車します。急行の発車2分後の29分には各停が三田線に向けて発車します。つまり、南北線→南北線(急行)→三田線の順番で発車します。この2つを合わせた30分サイクルのダイヤとなっているのです。すなわち、三田線→三田線(急行)→南北線→南北線→南北線(急行)→三田線という順番となるのです。

都心側の観点で眺めると、直通電車の間隔が空く箇所があります。具体的には、南北線の27分から45分の間と、三田線の11分から29分の間です。都心で18分待ちということは地下鉄の限度を超えています。それを補うために、18分の間に2本の始発電車を設定して都心側を6分間隔としています。

下りも同様です。

目黒線各停と目黒線急行での接続の違い

ここで興味深いことに気づかされます。目黒線内各停の場合は、南北線直通は白金高輪で三田線に、三田線直通は白金高輪で南北線に接続しています。一方、目黒線内急行の場合は、白金高輪で別系統への接続はありません。ただし、急行と各停が接続する武蔵小山で別系統の接続が実施されています。南北線急行と三田線各停、三田線急行と南北線各停の接続ということです。

見かたを変えれば武蔵小山で緩急結合だけではなく、別系統の接続も行われているのです。都心に近い駅(武蔵小山は目黒から2駅です)で緩急結合(速達列車が各停と接続すること)を実施すると速達列車に乗客が集中するという問題点が存在します。しかし、急行と各停を別系統にすることで、郊外側で急行に乗車していた乗客の一部を都心側に各停に乗車させることもしています。

具体的に説明しましょう。日吉(目黒線の急行停車駅)から大手町(三田線の駅)に向かう人が南北線直通の急行に乗車したとしましょう。この電車は三田線に向かいませんから、途中で三田線に乗り換える必要があります。武蔵小山で三田線直通の各停に乗り換えられますので、武蔵小山で各停に乗り換えます。この人が武蔵小山から各停に乗り換えることで、急行は1人ぶん空いたのです。

白金高輪で3分程度の待ち時間が発生するとはいえ、うまいことダイヤを考えたと感心してしまいます。

南北線と三田線の近接性

さて、余談です。もし、この人が春日(三田線の駅)に向かっていて、南北線直通が来てしまったら?もしかしたら、この人はそのまま後楽園に向かうかもしれません。春日も後楽園も同じ町内にあるのです。ここまで近い駅はここしかありませんが、白山と本駒込はある程度の近さ、巣鴨と駒込もそこまで遠くありません(私はこの両者とも駅間を歩いたことがあります)。このように、三田線と南北線で近い場所を通ることもあるのです。

過去のダイヤ振り返り

過去のダイヤを振り返りましょう。幸い、手元に東京時刻表が2001年7月号、2007年4月号、2013年4月号とあるのです。

2013年4月号(副都心線と東横線の直通が開始になったとき)を見ると、現在と特に違いはありません。これは2008年6月から継続しているダイヤと記憶しています。

それでは、その前のダイヤはどうだったのでしょう?

2007年4月時点

2007年4月号を見ると現在と運転パターンが異なります。目黒線も6分間隔が基本で交互に直通していました。白金高輪ではジャストタイムで別系統に接続していました。例えば、三田線直通は白金高輪で南北線にジャストタイムで接続していたということです。ただし、直通電車は30分間隔で急行となっていました。

急行の前後で各停が12分も空いては利用しにくいですから、その間に目黒始発の各停が運転されていました。目黒には折り返し専用ホームも、引上線もありません。では、どのように折り返していたのでしょう?そう、日吉からきた上りの各停を目黒の下り線ホームに到着させて、そのまま下り各停として運転していたのです。6分間隔でやってくる下りホームで折り返す必要があるので、2分で折り返していたのです。ときどき東急電鉄はこのようなアクロバティックな運用をやってのけます。夜間時間帯の渋谷始発の田園都市線もこのような運用をしていますし、東横線でも下り本線で折り返しています。

目黒線開業当初は急行の運転はありませんでした。その際の接続はどうしていたのでしょう?

2001年7月時点

2001年7月号を見ますと白金高輪より都心側では現在と同じ6分間隔ですが、目黒線では7.5分間隔となっています。現在とは逆に、三田線からの乗客を受けずに白金高輪を都心方面に発車する南北線、南北線からの乗客を受けずに白金高輪を都心方面に発車する三田線が存在したのです。

将来のダイヤへの要望

将来的には、奥沢で待避が可能になるように改良して、南北線と三田線双方で5分間隔運転とすれば、もっとすっきりしたダイヤとなるでしょう。すなわち、白金高輪でジャストタイムで接続でき、どの電車に乗っても白金高輪で乗り換えられるようになるのです。目黒線基準で15分サイクルで、三田線直通の各停(白金高輪で同駅発着の南北線に接続)、南北線直通の各停(白金高輪で同駅発着の三田線に接続)、急行(両線のどちらかに直通、白金高輪でもう片方に直通)というものです。

今回のまとめ

地下鉄の都心側と郊外側の路線の運転本数が異なる中、なるべくスムーズに接続するダイヤを組んでおり、目黒線と都心をなるべくスムーズに直結するために白金高輪の役割が重要なのです。今後は目黒線と地下鉄を通して、相鉄と都心が直結される予定です。これから更に大きな役割を担うルートの縁の下の力持ちとして、白金高輪での接続はなされるのでしょう。


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