通勤電車に見る時代の変化

記事上部注釈
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いつも乗車する通勤電車。どれも同じように見えますが、細かな点で違いが存在します。私たちのようなファンはそのような細かな違いを発見して喜びます。

最新の通勤型E235系

写真1. 最新の通勤型E235系

さて、新しい通勤電車もあれば古い通勤電車があります。古い通勤電車も作られた当初は最新モデルでした。最新モデルということは、その当時の世相を反映しているはずです。ここでは、個々の車両を細かく紹介するのではなく、その当時の世相やその車両の重要視している点を大枠でとらえてみましょう。

なお、「通勤電車」の定義は旧国鉄に準ずるものではなく、「通勤で使う車両」という定義にしましょう。JR北海道が転換式クロスシートの721系を「通勤型」と分類していることと同じことです。

各年代の車両を振り返る

それでは、各時代の車両の概観をみてみましょう。私は外観より内装に重きを置いていますので、自然と記述も内装に関することが多くなります。わかりやすさを重要視したため、10年単位での区切りとさせていただきます。この区分けには異論があるでしょうが、個人ブログということでご了承ください。

1980年代以前 いかに人を運ぶかを重要視した時代

高度経済成長から日本の人口はどんどん増加しました。また、大都市部への人口集中も進みました。そのため、東京やその近郊の人口は爆発的に増加しました。その中で、通勤電車の混雑もどんどん激しくなっていきます。そのような時代にはとにかく運ぶことを重要視します。したがいまして、車両も「質より量」という志向が見えた時代です。

池袋に入線する東武8000系

写真2. 東武8000系

東武8000系の内装

写真3. 東武8000系の実質本位な内装

113系の内装(柘植にて)
写真4. 113系の実質的な内装(ただし壁の色は変更済、草津線柘植)

この世代の車両の自前の写真が私の手元になく、苦労しました(地元の電車はそこまで撮影しないためです)。手元にあったのが、東武8000系(引退直前に撮影)と113系です。両者の内装は実質本位であることがご覧いただけるでしょう。103系にしても同様です。ただし、関西地区は競合が激しかったことや、そこまで人口が増加していなかったことから、質を追い求めた車両を製造していたこともあります。

1990年代 車両の内装にも気をつかう時代

高度経済成長が終わり、人口増加のペースが鈍ってきた1990年代。この時代になると、車両の質にもこだわるようになります。その一例が、客用扉の変化です。ドアの内側に化粧板が付き、ドアの窓が複層ガラスになったことが挙げられます。前者はステンレスむき出しよりもあたたかい印象を与えることができて、後者は冬場や梅雨時の結露を防止してドア前に立つ人の衣服が濡れないようにするためと解釈できます。

東武30000系

写真5. 居住性向上を志向した東武30000系

その一例として挙げられるのが、東武30000系(1997年モデル)でしょう。10000系列に似たスタイルですし、伊勢崎線系統(スカイツリーライン系統)では、10000系列と連結されていてまるで10000系の一員ですが、内装は大きく異なります。東武の一般型としてはドア窓への複層ガラス採用に踏み切っています。なお、客用ドアへの化粧板取り付けは東武に関しては、10030系(1988年モデル)から実施しています。この傾向(化粧板取り付けが複層ガラスよりも早いこと)は小田急でも同じです。客用ドアへの化粧板取り付けは1000形(1989年モデル)、客用ドアに複層ガラスが採用されたのは、2000形(1996年モデル)となっています。

また、座席のバケット化も進行しました。7人がけを7人で座ってもらえるように、座席の形状を工夫したのです。これによって、6人が着席している座席にもう1人が気まずく座る事態が減少したのです。前述の東武30000系も前期車と後期車で座席の形状が異なり、後期車はバケットタイプに変更されたのです。

2000年代 標準化が進んだ時代

しかし、質への転換を図ったものの、その時代は長く続きませんでした。冷戦後の不況が日本を襲ったのです。冷戦中、日本(と西ドイツ)は共産国家への最前線ということでアメリカから優遇されていました。これがなくなったのです。これにより平成不況が襲い、その影響は鉄道にも及びました。また、古い車両の置き換えが必要という事情もありました。その中で、車両を標準化してコストを削減したのです。日立のA-train(東武50000系など)、東急車両(現在は総合車両製作所)の標準車両(JRのE231系を標準としたもの)、日本車両の標準車両(京成3000形など)が代表的なものでしょう。

川越市で待機する50000系

写真6. A-trainの一例、東武50000系(川越市で撮影)

A-trainに採用された座席はかたくて、体に全くフィットしませんでした。そのため、私が通勤で50000系の初期車に当たると、外れと思ったものでした。この文章では、「でした」と過去形になっていますね。そう、現在はまともな座席に交換されています。

E231系0番台(柏)

写真7. E231系(柏で撮影)

青砥に入線する京成3000形

写真8. 日本車両の一例、京成3000形(青砥で撮影)

JR東日本では、これに先立って209系から標準化を進めていました。私の手元には209系の車内の写真がありませんので、こんな写真を出しましょう。

E127系の車内(中央線辰野)

写真9. E127系(E217系じゃないよ)の車内(辰野で撮影)

209系の設計思想をベースに地方向けに設計したのがE127系です。この車内は標準化がなされています。大糸線の観光需要を見越して一部をボックスシートにしたりという違いはありますが、209系に準じた車両です。

2010年代 標準化の中にも個性を見出す時代

2010年代になると、景気回復が進んできました。そして、標準化で居住性を無視したという反省があったのか、再び居住性にも気を配り始めました。そのような流れで、標準化された車両にアレンジを加えるようになりました。また、JR東日本の標準車両がE231系からE233系に移行したという側面も見逃せません。

小田急4000形外観

写真9. 小田急4000形(我孫子で撮影)

小田急4000形車内

写真10. 小田急4000形の内装(我孫子で撮影)

この1例が小田急4000形でしょう。E231系に比べて座席の改良、客用ドアの改良がなされたE233系を基本としています(小田急はE231系を基本とした車両を導入していません)。その最たる例は、相鉄20000系でしょう。標準車両(A-train)を基本としつつ、アルミの地肌を見せない外観、時間帯によって異なる照明、相鉄の伝統の鏡の復活など、かなりのアレンジがなされています。

このように、今後は標準車両を基本としつつ、内装にアレンジが加わる流れが主流となるのでしょう。このようなアレンジは少子高齢化の社会で沿線に乗客を呼び込む1つの武器となることでしょう。

時代を経て進んだこと

内装の全体的な面は行きつ戻りつという感じで進化しているのですが、一直線に進んだ内容もあります。最後に、この点を2つ取り上げることにしましょう。

情報化の進展

情報提供装置の設置が進んできました。まずは、電光掲示板が設置されました。

東武30000系の電光掲示板

写真11. 電光掲示板の設置例(東武30000系)

意外とこのような写真がなかったので、この写真とさせていただきました。系列によって差がありますが、種別や行先、次の駅名などが案内されます。最近は運行情報やドアの開く方向も表示されることもあります。

それを進展したのが、液晶モニターです。

E235系の車内の液晶モニター

写真12. 液晶モニターの設置例(JR東日本E235系電車)

JR東日本のE231系500番台が現在の設置方法で液晶モニターを設置した最初の例です。最初のモニターは横幅が限定されていましたが、現在は横幅が広がっています。この液晶モニターでは文字情報だけではなく、図を多用した直感的に理解できる表示がなされています。駅到着が間近になると、階段がある場所、乗り換え案内などが表示されます。

バリアフリー化の進展

この他に、バリアフリー化が進展しました。バリアフリー化については、2点取り上げましょう。

床高さの引き下げ

従来、ホーム高さよりも床の高さが高く、車椅子での乗り降りがしにくいという問題点がありました。その対策として、床高さの引き下げがなされました。国鉄~JRの車両では、1180mmから1130mmまで引き下げられて、ホーム(高さ1100mm)との段差は80mmから30mmまで減少しています。これを1100mmにしないのは、車輪の摩耗等による車両床高さの変動があるためです。

より顕著なのは、ステップ付きが標準だった東北・北海道地区です。この地方はホーム高さが低く、車両との段差が大きいためにステップが設けられていました。新型車は床高さを低くして、ステップレスを実現しています。

ステップレスの733系出入り口

写真13. ステップが存在しないJR北海道733系

JRの札幌近郊のホーム高さは920mmです。従来の車両の床高さは前のモデルの731系より100mm低い1050mmとしています。これにより、ホーム高さと車両の床高さを130mmとしており、何とかステップなしでも対応可能となっています。JR東日本ではこれをさらに進め、E721系の床高さを950mmまで下げています。733系電車のほうが登場が後ですから、この程度の床高さにできそうな気もしますが、寒冷地仕様で機器を多く積む必要があり、ここまで床高さを低くできなかったのかもしれません。

これに似た事例として、丸ノ内線ではワンマン化を契機に、ホームと車両の隙間を少しでも埋めるためにステップを引き出しています。

車椅子スペースの設置

先の床高さの引き下げは、車椅子で乗車する人を想定したものです(もちろん、段差がないと乗り降りがスムーズになりダイヤ維持に寄与するという側面もあります)。しかし、いくらラクに乗れても、車内に車椅子を置くスペースがないと、意味がありません。そのような思想で、車椅子スペースが設置されました。

最近の車両は各車両に車椅子スペースを設置するようになり、さらにバリアフリーが進行しています。ただし、これによって座席が減少するという問題も発生しています。この問題に対しては、適正な座席数をきちんと供給することが重要な解決策でしょう。

今回のまとめ

通勤電車は時代の要求に即して、少しずつ変化してきました。これからも、情報化やバリアフリー化を代表する時代の要請に応じて少しずつ変化していくことでしょう。そして、多くの乗客を目的地に早く運ぶという普遍的なテーマは変わらないことでしょう。

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