明治時代の「レトロ」な雰囲気が魅力的な門司港。この門司港を訪れるのは楽しいものです。その門司港にはどのような見どころがあるのでしょうか。実際に行った経験をもとにまとめました。
門司港の概要
門司港は開国後に開港しました。開港後、日本は産業革命をむかえてエネルギー源となる石炭を必要としていました。石炭は門司近くの筑豊地区から採掘できます。その石炭を本州に運ぶには、門司を通る必要がありました。また、下関と門司がそれぞれ本州と九州の玄関口になったことから、門司は発展しました。
しかし、その発展も長続きしません。1942年に門司港から西に関門トンネルが開業し、本州への旅客や貨物は門司港地区を通らなくなりました。また、1960年代以降のエネルギー革命(石炭から石油)も門司港地区の地位低下に拍車をかけました。このように、門司港は時代から取り残されました。ただ、時代から残されることも悪くありあせん。時代に取り残されたからこそ、古い時代の建造物が現代まで残ったのです。そうして、門司港地区は「レトロ」を売りにした観光地として発展することになったのです。そう、世の中は何が幸いするのかわからないのです。
図1. 門司港の位置(便宜上、門司港駅にマークしています)
門司港の歴史について簡単に述べましたが、位置も示します(図1)。九州でも最も北側に位置し、本州に近い場所にあることがわかります。福岡市内からのアクセスについては門司港のトロッコ列車潮風号(混雑や車窓は?18年夏長崎・福岡鉄道旅行記)の前半で述べたので、省略しましょう。
門司港レトロを楽しむ
図2. 門司港レトロのスポット一覧(私のフィルターが入っています!)
下に各スポットの情報を記しましたが、まずは地図上に一覧をまとめました(図2)。そのほうがわかりやすいと思ったためです。
トロッコ列車潮風号
トロッコ列車については長くなるので、別途まとめました。私のおすすめはトロッコ列車に乗ってから、出光美術館前で降りることです。そうすれば、歩く距離が少なくて済みます。
写真1. 出光美術館でトロッコ列車とお別れ
国際友好記念図書館
一部のサイトでは大連有効記念館と表記されることもあります。2018年4月まで図書館でしたが、現在は図書館ではないためです。ロシア帝国時代に大連市に建設された建物をオマージュして建てられたものです(北九州市と大連市は友好都市です)。この建物はドイツ風の建造物と主張しています。ロシア帝国の首都はサンクトペテルブルクであり、当時の皇帝がドイツの影響を受けていたためでしょう(○○ブルクという都市名はドイツ語に多い命名です)。
写真2. 美しいドイツ風建築
後ろの建物が気になりますが、西洋建築であることがわかります(写真2)。
写真3. この建造物の説明
この建造物の説明もありました(写真3)。
写真4. この建造物の中
現在は図書館として利用されておらず、中華料理店が入っています。西洋風建造物なのに中華料理店とは変な感じがしますが、大連市との友好を記念して建設されたという経緯を考えると、そこまでの違和感はありません。
旧門司税関
昭和初期まで門司には税関がありました。ここで不審物がないかどうかを水際で監視していました。
写真5. レンガづくりの旧門司税関
文明開化で教科書に出てきそうな建物です(写真5)。当時は西洋志向が強かったのでしょう。
写真6. 天井を見上げる
写真7. 中は木材も使用されている
中には木材も使用されています(写真6-7)。ここは入場無料で、税関についてのさまざまな展示があります。要約すると、「税関はきちんと水際でチェックをしている、日本の安全を守る素晴らしい機関だよ♪」ということです。
はね橋
レトロタウン門司港には、海を渡る場所があります。ここの橋がはね橋です。ブルーウィングもじとも呼ばれています。ここでは、橋そのものを詳しく取り上げるのではなく、周辺の美しい景色をご堪能いただきましょう。
写真8. 港町門司の美しい景色
写真9. 港町門司の美しい景色
写真10. 港町門司の美しい景色
写真11. 港町門司の美しい景色
写真12. 港町門司の美しい景色
写真13. 港町門司の美しい景色
写真14. 港町門司の美しい景色
夏の晴れた日でしたので、海の青さが強調された日であったように思えます(写真8-14)。
旧門司三井倶楽部
この記事では後半の紹介になりましたが、門司港駅前の位置することや観光案内所として活用されていることから、最初に訪問することが多い建造物でしょう。かの有名なアインシュタインが宿泊したことでも知られます。
写真15. 実は2階建ての旧門司三井倶楽部
写真16. 実は2階建ての旧門司三井倶楽部
まっぷる先生によると、この建物は2階建てです(写真15-16)。3階建てではありません。
写真17. 旧門司三井倶楽部の内装
写真18. 旧門司三井倶楽部の内装
写真19. 旧門司三井倶楽部の内装
レトロな内装が特徴です(写真17-19)。日本各地にある洋館という感じですね。
焼きカレー:穴場の店
門司港名物といえば焼きカレーです。その焼きカレーの店は軒並み混雑していました。
図3. 今回立ち入りが許可された店の位置
そんな中、地元のハンバーガー屋がありました(図3)。この店も焼きカレーが儲かるという話を聞いたのか、さりげなく焼きカレーを始めていました。
写真20. お腹が空いたらここに行こう!
それなりに美味しかったです。他の観光名所が軒並み「レトロなヨーロッパ調」を売りにしていたのに対し、このお店はアメリカン調でした。異色を放っていますね。
番外編:ななつ星との出会い
門司港から電車に乗って小倉に向かおうとしていたときのことです。
写真21. ななつ星の機関車
ななつ星に出会いました。先頭部は機関車があり、出発を待っています(写真21)。
写真22. ななつ星の最後尾
最後尾は展望が考慮された車両です(写真22)。どうせなら瑞風のように、きちんとした展望車にすれば良いと思います。ただし、私は乗ったことがありません。せいぜい、サンライズやナイトジェット程度です。
写真23. ななつ星の内装
素晴らしい内装であることがうかがえます(写真23)。ただし、あまり写真撮影はできませんでした。中に乗っている人に配慮したのです(やさしー)。
写真24. ななつ星とゆるキャラ
ななつ星は門司港観光のために立ち寄ったのでしょう。その門司港を代表して、ゆるキャラが送り込まれていました。私は「大変っすね」とねぎらいの声を掛けました。ちゃんと答えてくれました。夏に着ぐるみを着て愛想を振りまく大変さをおもんばかったのです(さすがー)。ななつ星が出発すると、彼はアシスタント2人とともに駅の事務室に足早に向かっていきました。その後、駅の事務室から3人が出てきたことでしょう。
さて、前後ではどこに行ったのでしょうか?
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新幹線のぞみ号のグリーン車(車内と車窓を紹介、18年夏長崎・福岡鉄道旅行記)(次)→
※それぞれ別ウィンドウで開きます。