都市交通の世界史の書評

海外の鉄道、とりわけ都市鉄道は多様な発展をとげています。その利用方法は、地球の歩き方などのガイドブックや旅行サイトさんに書いています。しかし、なぜその都市で現在のような都市交通が発達したのか、という側面について書いている書籍はそう多くありません。そんな貴重なことを書いている本を読んでみましたので、紹介いたします。

都市交通の世界史

写真1. 読みごたえのありそうなたたずまい

「都市交通の世界史」の対象読者

都市交通の世界史-出現するメトロポリスとバス・鉄道網の拡大は興味深い内容が書かれている本ですが、世間受けするものではありません。そこで、本書の対象読者を私なりに紹介します。

・国内の鉄道ばかりでなく、海外の鉄道にも多少興味を持っている
※詳しい必要はありません。詳しいことは本書で学べば良いのですから。

・海外の歴史について多少の知識がある(中学校のテストで60点レベル)
※とても詳しい必要はありません。書籍中でも簡単な歴史は紹介しているので、ご心配なく!

・そして、知的好奇心を多少でも持っている

都市交通の世界史の内容の概要

詳細な中身の紹介に入る前に、この本の概要を簡単に紹介しましょう。

・著者:小池 滋 (著)、和久田 康雄(共著)
・出版社:悠書館
・分量:336ページ

都市交通の世界史-出現するメトロポリスとバス・鉄道網の拡大は概論にとどまらず、具体的な都市に焦点を当てて、その都市の鉄道の発達を詳しく解説しています。当然、小池先生だけではカバーできません。そこで、それぞれの都市交通に詳しい有識者の方々が別々に解説してくれています。各先生の得意分野が違ったり、書きかたが違ったりしますので、各都市で触れている内容が異なります。

掲載されている都市はニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン、モスクワ、上海、ソウル、大阪、東京の9都市です。都市鉄道が古くから発達してきた都市が中心に紹介されており、ヨーロッパから4都市も選定されているのが興味深いです。ヨーロッパから産業革命がスタートしたので、古くからの大都市があるのです。

各都市の都市交通の紹介

それでは、各都市の都市交通についてどのように紹介されているのか、私の感想とともに簡単に紹介します。

ニューヨーク:アメリカ合衆国

写真2. ニューヨークの高架鉄道の試験走行

アメリカで最も人口の多い都市、それがニューヨークです。ニューヨークは世界都市としての地位も確立されており、地下鉄がメジャーな交通手段として使われています。アメリカ映画でニューヨークの地下鉄の描写がありますので、ニューヨークの地下鉄に乗ったこともない人であっても、地下鉄の姿を見たことがある人も多いでしょう。

しかし、ニューヨークの都市交通は地下鉄で始まったわけではありません。馬車鉄道からスタートしています。馬車鉄道で問題なければ、今でも馬車鉄道があるはずです。そうでないということは、馬車鉄道では問題があったということです。問題点として、輸送力や馬糞が挙げられています。

では、馬車鉄道から現在の地下鉄に一直線で向かったのでしょうか。答えは否です。空気圧縮鉄道や高架鉄道の紆余曲折を経ての地下鉄です。本書では、その試行錯誤について詳しく述べられています。

また、地下鉄が建設されてから現在までずっと順調に発達したわけではありません。安すぎる運賃による採算性の低下(世間ではインフレが進んでいたのに、地下鉄の運賃は据え置かれていました)。市営である限り(市というのは大衆が嫌がる値上げをしたがらない)、その問題を解決するのは難しいです。では、どのように解決したのでしょうか。本書ではその点についても書かれています。

戦前までの記述が多い気もしますが、ニューヨークに関してはバランス良く配分されていると感じました。

ロンドン:イギリス

写真3. ロンドンの象徴、2階建てバスの原型

イギリスの首都、ロンドン。実は同じヨーロッパのパリ、ベルリン、ローマという都市よりも人口ははるかに多く(※)、都市人口は750万人を超えます。

※パリとローマは200万人超え、ベルリンは350万人超えというレベルです。ただし、「ヨーロッパ」というくくりでは、イスタンブール(トルコ)やモスクワ(ロシア)が人口1000万人を超えているので、ヨーロッパいち人口が多いというわけではありません。

そんなロンドンは昔から世界との貿易で栄えてきました。世界の中心はイギリスからアメリカに移った感はありますが、今でも世界の金融市場だったりとその重要性は衰えていません。

イギリスは世界で初めて産業革命を達成しました。つまり、世界で初めて「労働者」という概念が成立した土地です。そんなロンドンは世界で初めて「どうやって労働者を自宅から職場まで送り届けるか」という課題に直面した都市でもあります。最初の解答は「乗合馬車」という概念で解決されました。

私たち鉄道ファンは、どうしても路線図や車両、そしてダイヤという概念で都市鉄道を考えがちです。しかし、都市鉄道の意味は「人をどのようにして運ぶか」という1つの解答に過ぎません。乗合馬車からスタートする記述を読んで、「なぜ都市交通が産まれたのか」という本質を学ぶことができました。

現在のロンドンといえば、2階建てバスをイメージする人もいましょう。では、なぜ2階建てバスを導入したのでしょうか。それは1905年までさかのぼります。当時道路交通の主役だった乗合馬車からバスに置き換わった理由を含めてその歴史について述べています。

世界で初めて地下鉄を運転開始したのはロンドンです。当然ながら、地下鉄を建設した理由やその後の地下鉄の発達についても詳しく述べられています。

ロンドンについては、第二次世界大戦以前の記述が多いように感じました。第二次世界大戦以前にだいぶ発達した都市だったのでしょう。

パリ:フランス共和国

みんなのあこがれの都、それが華の都、パリです。しかし、都市鉄道的には華となる中央駅の存在はなく、地下鉄も使いにくいので、とても華の都とはいえませんね。

パリの記述はある意味簡単にまとめられています。パリはとても古い歴史をもつ都市であり、都市交通の歴史をすべて書いていたら複雑な記述になってしまうという予想もあったのかもしれません。

本書では以下の3点について詳しく取り上げられており、その他の面はある意味無視しています。

1) 長距離鉄道のパリのターミナル
2) メトロの建設
3) RERの建設

パリの鉄道に詳しい人にとってみたら、釈迦に説法ですが、パリの鉄道は大きく3つに分けられます。1つがパリとフランス各地(だけに限らず諸外国)を結ぶ長距離鉄道、1つがパリ市内を縦横に結ぶ都市鉄道、もう1つがパリとその郊外を結ぶRER(いわば都市圏鉄道)です。ちょうどその3つの交通モードに対比する記述ですね。

1) 長距離鉄道のパリのターミナル

写真4. サン・ラザール駅(2019年訪問)

パリの鉄道を利用していて感じることは、「パリには中央駅がない」ということです。パリは方向別にターミナルが分かれていて、利用者としては使いにくいことこのうえないです。

では、どうしてそのようになったのでしょうか。その答えは過去の歴史にありました。パリのターミナル駅で最も古いのはサン・ラザール駅です。そのサン・ラザール駅がパリの中心に近い場所に設置されていたならば、ここをパリの総合ターミナルになっていたかもしれません。しかし、現実には(そのような動きもあったとはいえ)、パリのターミナル駅は中心部から離れた場所に設置されました。これはパリ市の意向などもありました。細かな点は本書に書いていますので、ぜひともご参照ください。

その後、他の駅を設置する際に、既存の駅にまとめる考えもありました。しかし、パリ市は右岸と左岸の発展度合いのバランスを保つために、右岸(または左岸)に総合駅を設置する考えはありませんでした。そのため、総合駅は実現されずじまいです。

2) メトロ(地下鉄)の建設

本書を読むとわかることなのですが、意外とパリ市とフランス共和国の関係は良好ではありません。メトロの建設の際にその関係性が現れています。

パリ市の交通に関与したいフランス共和国と、パリ市の交通に国を関与させたくないパリ市。そんな両者の駆け引きがメトロ建設の背景に読み取れます。結局、1900年のパリ万博に間に合わせるために、国はパリ市に譲歩します。しかし、パリ市も軌間を国鉄線と同じ1435mmにするなどの妥協を見せました。このような国と首都の対立があったことは一般的な書籍からは学べませんので、貴重な見識と思いました。

本書では、なぜパリ市は郊外への利便性向上を拒絶したのか、という理由も詳しく述べています。

3) RERの建設

メトロ建設時に国と対立し、いちおうの勝利を得たパリ市ですが、その後に厄介な問題が生じました。そう、郊外の人口増加です。また、現実問題として中心部の再開発が難しい以上、副都心機能を郊外に移設せざるを得なかったという事情もあります。

そこで、メトロにかわる都市鉄道が構想されます。それがRERです。RERは都心を地下線として建設する一方、郊外部にも延伸し、都心と郊外を直接結ぶ都市鉄道として誕生しました。従来は、パリ市の外れで国鉄線とメトロを乗りかえなければなりませんでしたが、それが解消されたのです。

このRERの開業は従来の国とパリ市の対立が協調に変わった象徴的なできごとでした。また、悲願の中央駅としてシャトレ・レアール駅が建設されました。パリには中央駅こそありませんが、シャトレ・レアール駅がパリ中央駅と呼べるものとなったのです。

※実際にシャトレ・レアール駅を訪問しています。

シャトレ・レアール駅を楽しむ(パリ7大ターミナル紹介)

パリには長距離ターミナルではないものの、市の中心部に大きなターミナル駅があります。その名はシャトレ・レアールといいます。パリ中央駅というべき存在です。その隠れた中央駅を訪問してみました。

この勢いでシャトレ・レアール駅に長距離線を建設して、名称もパリ中央駅と変えれば良いと私は思いました!

ベルリン:ドイツ連邦共和国

先ほどのパリでは中央駅はありませんでしたが、フランスの隣の国のドイツでは首都ベルリンに中央駅があります。そんなベルリンの都市鉄道の発達についても本書では述べられています。

ベルリンの都市交通については、以下の3段階で記されています。

1) 第二次世界大戦以前
2) 第二次世界大戦後~東西ドイツ再統一前
3) 東西ドイツ再統一後

本書の他の都市とは異なり、ベルリンの歴史的な特徴は戦後から1990年まで実質的に2つの都市に分割されたことでしょう。いわゆる西ベルリンと東ベルリンの分割です。このことはベルリンの都市鉄道にも影響を与えました。

1) 第二次世界大戦以前

Sバーン(ベルリン東駅)

写真5. ベルリンのSバーンは伝統色をまとう(2018年、ベルリン東駅で撮影)

ベルリンの都市としての歴史が本章のはじめに簡単に記されています。その詳細は本記事では省略しますが、重要なことはベルリンは近代に発達した都市であるということです。ロンドンやパリとは異なり、長距離鉄道が早くから環状線で結ばれていますが、その理由を本書では以下の通り記しています。

都市としてのベルリンの発展が鉄道の敷設として並行して起こったためであり、(中略)ベルリン環状線建設当時は、ほとんどが当時は市外で鉄道建設に支障は少なかった。また、シュタットバーン(弊ブログ注.中心街を東西に結ぶ線路)も旧市囲壁跡と堀を利用し、軌道を高架線で建設することができた。本書128ページの記述から

このような話はどこかで聞いたことがありませんか。そう、日本の首都東京です。今や多くの人でにぎわう東京駅周辺や新宿駅周辺は、駅開設時は辺鄙な場所でした。

このような経緯があるので、戦前に各方面のターミナル駅を相互に連絡する線路が建設されています。また、中心部にはSバーンという都市内鉄道が登場しています。これも東京に似ています。本章には書いていませんが、東京の都市鉄道の原型はベルリンにあります。そう、ベルリンの都市交通を知ることは、東京の都市交通を知ることにもつながるのです。

2) 第二次世界大戦後~東西ドイツ再統一前

ベルリンは戦後、奇妙な歴史を歩みます。ドイツが東西に分割されるのと同じく、東ドイツに位置するベルリンも(実質的に)2分割されました。つまり、西ベルリンの周囲は東ドイツです(ベルリンは国境にはありませんよ!)。この点は本章にはわかりやすく書かれていませんが、この知識は重要です。

ベルリンの都市交通は東西で分担されました。長距離交通とSバーン(東京のJR線に相当)は東側、Uバーン(東京の地下鉄に相当)は西側が担当します。しかし、これには問題が生じます。そう、西ベルリン市内のSバーンです。西側にあるにも関わらず、東側の運営だったのです。1984年1月9日午前3時をもって、西ベルリンのSバーンは西側運営に変わりました。ここまで詳細な時刻が書かれている書籍は初めて目にしました。

3) 東西ドイツ再統一後

東西ドイツ再統一がなされ、再びドイツは1つになりました。それと同時にベルリンも1つに戻りました。その後、ドイツ連邦共和国の首都をボンからベルリンに移設するという大がかりな計画も立案・実行されました。

東西ドイツ再統一、首都移転、旧東ドイツ地区の再建など課題の多かったこの時代、ベルリンの都市交通はどのような変化があったのでしょうか。最も大きな変化は中央駅の建設でしょう。東西方向の長距離線の整備、南北方向の長距離線の建設など、大規模な工事が伴いました。この中央駅は現在に至るまでベルリンのシンボルとして君臨しています。

※私は実際にベルリン中央駅を利用しています。

ベルリン中央駅を楽しむ

ベルリン中央駅の位置、構内の様子、中心街とのアクセスといった実用的な側面、そしてベルリン中央駅に発着する列車の表情といった趣味的な側面の2つの面からベルリン中央駅の実態に迫ります。

モスクワ:ロシア連邦

モスクワの交通を知るうえで、ロシア(ソビエト連邦)について軽く知っておかなければなりません。

第一次世界大戦前、ロシア帝国は列強の1つとして知られていましたが、産業の発達は遅れていました。その遅れを取り戻すべく、戦後に誕生したソビエト連邦は工業化を推し進めました。その急激な工業化を達成させるために社会主義による統制経済が実施されました。しかし、その社会主義は失敗に終わり、ソビエト連邦は解散となりました。

余談ですが、ソビエト連邦時代もロシア共和国(だいたい現在のロシア連邦に相当する地域)よりもバルト3国のほうが生活水準は高かったです。

本章では、ロシア(ソビエト連邦)について、指導者ごとにまとめています。工業を推し進めたスターリン時代、大量生産を推し進めたフルシチョフ時代、見せかけ倒しのブレジネフ時代、ソビエト連邦最後のゴルバチョフ時代、そしてロシア時代の5つです。

ロシアでは伝統的に独裁政治が行われてきました。そのため、指導者のカラーによって交通政策が大きく変わります。そのような背景があるので、指導者ごとに記載が分けられているのです。

それぞれの時代の記述で私が記憶に残った箇所を引用してみましょう。

1) スターリン時代

スターリン時代には社会主義国初の地下鉄が建造されました(当時は東欧諸国が社会主義になる前だったので社会主義国が少なかったのですが)。そこにかける意欲はとんでもないものがあります。そのエピソードを紹介しましょう。

モスクワ地下鉄は、建設当初から国防上の意義が与えられ、(中略)駅もかなり深くにつくられている。そのため、エスカレータでの昇降が前提となったが、当時のソ連ではエスカレータはまだつくられていなかった。

ソ連は輸入を諦め、自前で製作することになる。(中略)ソ連の技術者たちが、外国製エスカレータの広告用パンフレットや外国でのエスカレータ利用経験者の印象を頼りにつくり上げたものであったという。本書161ページの記述から

エスカレータを自前でつくるとはとんでもないですね!

2) ブレジネフ時代

ブレジネフ時代は、ソビエト連邦が世界に名だたる超大国であることを見せつけるパフォーマンスが多かった時代といいます。その中で私が印象に残ったのが、以下の記述です。

超大国ソ連の首都モスクワには食料が溢れていなければならないことを示すべく、食料品店には国中から食べ物が運ばれてきた。しかし、荷を満載したトラックは、首都を目前に数珠つなぎに渋滞し、食料は店に到着する前に腐り始めたという…。本書174ページの記述から

これはモスクワオリンピックを前をネタとしたものです。普段からやっていないことをやろうとして失敗した例ですね。当時、ソビエト連邦は子分の東ドイツやハンガリーよりも生活水準が低かったことはあまり言わないことにしましょう。

モスクワの都市構造は環状道路が発達した都市です。そのような背景があるのでしょうか。モスクワには環状の地下鉄路線が整備されています。環状鉄道が少ない中、環状地下鉄が整備されている都市は貴重です。本章ではそのようなことも書いています。

上海:中華人民共和国

ここから一気に毛色が変わり、アジアの都市交通の紹介に入ります。

上海は近年急に都市交通が発達した印象があります。確かに、本章を読むと、そのような記述です。なぜ上海を選んだのだろうか、と疑問に思いました(普通は首都の北京を選ぶでしょう)。上海は昔から租界があり、外国の風を取り入れたことが特徴なのでしょう。そのような特徴のある都市をセレクトしているように感じました。

ところで、租界がいつ消えたのかはご存知ですか?答えは日中戦争(第二次世界大戦)以降のことです。その理由は本章のお楽しみ!そんな上海の都市交通について述べられています。

上海の記述は、1)租界が成立したころ、2) 中華民国成立後、3) 中華人民共和国成立後、にそれぞれ分けられています。詳細に触れてくれているのですが、長年バスとトロリーバスだけで運営してきた都市です。そのため、個人的にはあまり面白く感じませんでした。とはいえ、上海の都市交通の歴史をまとまっている書籍は珍しいでしょうから、その意味では貴重です。

ソウル:大韓民国

ソウルはご存知の通り、韓国の首都です。他のアジアの首都と比べて、ソウルは公共交通が発達していることが1つの特長です。これはソウルの交通政策が関わっています。

ソウルの都市交通が現代の姿になったのは、1970年以降のことです。そんなソウルの都市交通に対して、東京と比べながら解説してくれています。

本章では、1970年代以降のソウルの都市開発に焦点を絞って解説しています(とはいえ、それ以前のことも解説してくれていますが)。この中で、東京と異なる点をわざわざ紹介してくれていることが興味深いです。

日本との比較の記述が特に印象に残りました。1つが環状線について、もう1つが郊外鉄道のターミナルについてです。

ソウルにも環状鉄道があります。意外と環状鉄道のある都市は少ないですが、ソウルはきちんと整備されています。その環状線は地下鉄2号線ですが、地下鉄2号線はソウルの地下鉄で最も混んでいます。一般に環状鉄道はそこまで混む印象はありません。では、なぜ韓国では混んでいるのでしょうか。その理由が本章で示されています。

また、韓国の郊外鉄道は国主導で計画・整備されました。日本の郊外鉄道の多くは民間主導で計画・整備されています(東急でも阪急でもみんな民間の会社が運営していますね)。そのため、ソウルの郊外鉄道を日本のそれと重ね合わせることは危険です。

日本との対比は単に政策面や交通網に限らず、人々の行動様式や文化面での比較にも及んでいる点が印象に残りました。他の章とはその点が異なりました。章(=都市)ごとに著者が異なっていて、それぞれの著者の特徴が表れていると改めて感じました。

大阪、東京:日本国

最後の3章で大阪と東京の都市交通の発達について述べられています。本書を読む人にとっては、この2都市の都市交通の歴史はある程度常識のようなものでしょう。そのため、本記事でその詳細に触れることはやめておきましょう。

大阪は古い時代の記述が中心です。戦後の記述はほとんどありません。これは、戦後の大阪の都市交通は読者の人がかなり詳しいからなのでしょうか。

また、東京については基本的に1910年代までの記述です。ただし、1910年代以降については、補章があり、そこでフォローされています。

この2都市については、海外との比較のために設けられた章なのかな、という印象を抱きました。

都市交通の世界史の感想

都市といっても、その姿はさまざまです。都市交通の世界史-出現するメトロポリスとバス・鉄道網の拡大では、公共交通が発達していて、なおかつその公共交通が特徴的な都市を選んでいるという印象を受けました。また、都市によってその都市が発達した時期が異なります。

ロンドン、パリは昔からの大都市、ベルリンは近代に発達した大都市、そして上海とソウルは現代に発達した大都市です。ニューヨークはベルリンと上海・ソウルの中間でしょうか。また、それらとは歴史がやや異色のモスクワ。本書の記述の厚い時代がそれぞれの都市で異なりますが、これはそれぞれの都市交通の歴史を書いた人が異なるだけではなく、都市の発達した時代が異なるのもその背景でしょう。

本書を読んだからといって、すぐに役に立つノウハウが手に入るわけではありません。そう、日々進化する乗りものの使いかたなどの解説は一切ありませんから。しかし、

「この都市は東京よりもなぜ交通網が不便なのだろう?」
「海外の都市よりも東京はなぜこの面で不便なのだろう?」

という都市交通に関しての疑問を持った場合に自分なりに考えるヒントをくれます。また、都市交通の歴史からその都市やその国の歴史に思いをはせることができます。このような意味でとても読みごたえのある良書です。

ぜひとも都市交通の世界史-出現するメトロポリスとバス・鉄道網の拡大を買ってみてゆっくりと読んでみてください。大型書店でしか取り扱いがありませんから、インターネットによる注文も有力な選択肢です。

おすすめ書籍の紹介

この書籍に興味を持った人であれば、以下の書籍もおすすめです。弊ブログで書評も書いています。いずれも大型書店でしか取り扱いがありませんから、ネットでの購入も有力な選択肢です。

今回の書籍は都市交通に的を絞った内容でした。
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